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関東の神社めぐり プチ神楽殿掲示板
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[34] 【北海道・東北】神社・御朱印情報 part2
日時: 2012/04/06 00:13:54
名前: 御津垣  ID: 5rUlEDtM
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2013/01/28 20:56:45

北海道および、東北6県(青森・岩手・秋田・宮城・山形・福島)に関する
遠征報告・御朱印情報をお願いします。

過去スレはこちら
【北海道・東北】神社・御朱印情報http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?no=9
ページ: | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |  [] [全部表示(内容)] [全部表示(一覧)]▼このスレッドの返信フォームに移動

鹿島大神苗裔神卅八社 [志太郡一座] ( No.46 )
日時: 2015/09/01 10:58:39
名前: 御津垣  ID: eZrw6Czc
編集: 【回数】 4回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2015/09/11 17:35:14

龍谷史壇76
『古代辺境村落に関する一考察
--大崎平野における式内社と鹿島・香取神社苗裔社の分布を中心として』(神 英雄)

この考察に以下のような一文が見ることができる。
----------------------------------------------------
大崎平野における古墳時代と奈良・平安時代の遺跡は、鳴瀬川、江合川流域の洪積丘陵と
沖積平野の漸移地域に集中する。そして遺跡密集地域は時間経過とともに、
鳴瀬川流域から江合川流域へと移動しており、鳴瀬川は中世以降舟運が盛んであったことから、
入植経路や物資輸送経路として利用されていたと推測しうる。陸奥国の鹿島・香取苗裔神社が、
当時の汀線や河川の沿うて位置しており、「水上交通」や「水」と密接な関連が見られ、
それが洪積台地や丘陵の末端・自然堤防に立地していることを考え併せれば、
貞観八年太政官符記載の、色麻郡三社・志太郡一社・小田郡四社の鹿島苗裔神社は、
鳴瀬川流域の自然堤防・丘陵・台地の末端に位置していたものと考えられる。
そして鳴瀬川流域に分布する現存の鹿島・香取神社のうち、自然堤防・丘陵・台地の末端に
立地し、かつ奈良・平安時代の集落遺跡の周辺ないし中心に位置するのは、
加美郡中新田町四日市場の鹿島神社・同志麻町四竈の伊達(香取)神社・
志太郡三本木町桑折の鹿島神社の三社である。
したがって、志麻郡三社のうち二社は、加美郡中新田町四日市場の鹿島神社・
同志麻町四竈の伊達(香取)神社であり、
志太郡一社は、三本木町桑折の鹿島神社であると推測する。
----------------------------------------------------


本論文を参考に三本木地区を調査してみたが
該当する由緒をもつ鹿島神社は見つけることができなかった。
唯一、「三本木桑折」の小字「鹿島下」を確認できた。
地名とくに小字にはその地区の歴史を表すことが多いこともあり
この辺りに鹿島神社の存在は推測できた。

後日、知人に『三本木の歴史』なる書物を紹介され
同三本木の八坂神社に、明治四十二年合祀されたことを知ることとなる。
※『三本木の歴史』では、三本木坂本の鹿島神社を擬定地としていた。


さて、当地を訪れたのは夏も暑い盛りであった。
最初に八坂神社で由緒を確認する為、宮司宅を訪問する。
しかしながら、そのような歴史は分からないとのことであった。

次に、目星を付けていた「鹿島下」に向かう。
該当の場所は伐採が行われている状態であった。
近所の方に伺うと、確かに昔「鹿島神社」はあったが、今はなにもないと言う。
詳しくは山の所有者に確認されたほうがいいということになりそちらに伺うこととした。

所有者の方は、八坂神社の総代でもあられたので、八坂神社由緒書を頂き、
鹿島神社が確かに合祀されていることを確認させてもらった。
また、二代前は神社があった山上にお住まいであったとのことであった。

鎮座跡地にも上らせて頂いたが、かつて人がいたという形跡が
水道関係の設備からも窺うことができた。
神社としての形跡は、「白山神社」の石碑が残されていたことだけであった。
おそらく、合祀の際に忘れられ人知れず残されていたものであろう。
跡地からは東北新幹線の高架がよく見えた。
湿地帯を舟で遡ってくるとこの山はよい目印となるのではなかろうか。


余談であるが八坂神社には多くの鹿島神社が合祀されている。
いづれも同じ明治四十二年合祀であり、村社であったようだ。
・斉田邑小原(現:三本木斉田字小原)
・坂本邑跡水(現:三本木坂本字鹿島)「跡不見壇遺跡」付近か ※「三本木の歴史」擬定地
・南谷地邑岡町
・蒜袋邑南屋敷(現:三本木蒜袋字南屋敷)
・高柳邑東壇(現:三本木高柳字東壇)
・伊賀邑松本澤(現:三本木伊賀字鹿島)
・桑折邑鹿島(現:三本木桑折字鹿島下)



写真
1枚目:Google Flood Maps 現在 大崎市にて災害があり不適切として一旦削除致します。
   30m海面を上げております。
   実際にここまで海が入り込んでいた訳ではなく
   過去河川の氾濫により湿地帯と化していた時代を分かりやすくする為に
   参考に乗せております。
   赤丸部分は、鹿島神社跡となります。

2枚目:鹿島神社跡地

3枚目:八坂神社 
   鹿島神社合祀先となります。
1441249119-2.jpeg 1441249119-3.jpeg
和我叡登挙神社(胆沢区石碑) ( No.45 )
日時: 2015/08/08 23:26:29
名前: 御津垣  ID: 72N2MYUY

和我叡登挙神社
【鎮座地】奥州市胆沢区字大歩23 若宮八幡宮境内
【例祭日】9月29日
【駐車場】なし



【胆沢町史】より抜粋
-----------------------------------------------------------------------------
『前沢町郷土史資料の下衣川威徳院所蔵記録』のなかに
『和我叡登挙神社は「ほつつゆりの尊」をまつり、永徳寺邑正寿院扱』と記される。

胆沢町若柳の大歩の老杉の森に鎮座している若宮八幡社社殿裏に
『陸奥百座之内、和我叡登挙神社、地主水主』
と刻まれた石碑がある。

若宮八幡神社地主阿部家にきくと土産神だといい、『宝暦十四年(1764)巡礼記』に、
胆沢郡和我叡登挙神社祭日9月29日と記録されている。地主、水主は地の神、
水の神の意味だろうから、同族の阿部、安部、安部一族だかりでなく、
後年には土地の人達も、この若飯豊別命を信仰の対照として神社を守り祭っていた証拠ではなかろうか。
そして、『安永二年の胆沢風土聞誌の若柳邑の項』に、「其ノ地未詳」の記録は、
わずか九年の間に未詳になったのではなく、ひそかに土地のものが祭っていたか、
あるいは廃絶同様になっていたかであろう。
-----------------------------------------------------------------------------


先日、東北某所で若者に出会った。
延喜式内社の巡拝をしており、奥宮にも伺うような熱心な方であった。
和我叡登挙神社の石碑を探しておられたので場所を伝えていたが、
どうやら他の神社で時間をとられて伺えられなったようだ。

場所は、胆沢区若柳 国道397号から旅館「瑞月」側に入り
胆沢川を渡った突き当たりとなる。
車は、坂の手前に停めたほうがよい。

私有地であり、車止めのロープが張ってある。
断ってから立ち入るのがいいだろう。
民家から100mで鳥居に至る。若宮八幡神社である。
右奥に廻れば、和我叡登挙神社の石碑がある。


写真
・若宮八幡神社
・和我叡登挙神社石碑
1439043989-1.jpeg 1439043989-2.jpeg
膽澤川神社 旧跡を探る3 ( No.44 )
日時: 2014/12/28 15:53:28
名前: 御津垣  ID: sgBvC/nc
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2014/12/28 16:40:26

『胆沢町史』(1982)よれば膽澤川神社のもとの所在地は、
於呂閇神社本社(現奥宮)の鎮座する猿岩ではないかとしている。

安永二年(1773)の『胆沢風土聞誌』に
「胆沢川神社は祭神水速女命。伝え曰く。胆沢川の畔に高山有りて明神倉と号し、
山上に小さい祠の胆沢川神社有るなり」※1とあり、明神倉を同胆沢風土聞誌の
「前川は小川なり。源は浅見岳より出て下嵐江の明神倉を過ぎて胆沢川に入る」
の記述から、現在の猿岩ではないかと推測しているわけである。

さらに、於呂閇神社は猿岩頂上にあり建物が風で飛ばされてから下方におりたとある。※2
下方におりた時の石堂が、奥宮と頂上の間にある小さな一祠であろうとして、
同時に頂上には、この石祠とは別に胆沢川に面して、膽澤川神社の磐があったとのでは
と結んでいる。


旧社地の確認に猿岩に再訪したのは2013年10月である。
しかし、つぶ沼から新設された付け替え道路は、橋の先での工事に為、
立ち入りを禁じられていた。
工事終了の時期は不明、歩いての立ち入りも禁止とガードマンに止められてしまった。
橋の向こうにチェーンソーの音が響いていた。

土橋の里宮に参拝に立ち寄ると、偶然にも宮司様がいらっしゃったので、
猿岩への道が工事中なことなど話に付き合って頂く。
次回は、来年になるだろうという段になって、
時間があれば案内するとのことをお言葉を頂いた。

翌2014年は公私ともに多忙で、なかなか東北に訪れることができない状況が続いていた。
落ち着きを取り戻したのは8月も後半に入ってからである。


8月某日 9月三連休を使って訪れることを決め、関係者に連絡を入れる。
於呂閇志膽澤川神社 宮司様には、例祭の間の日ということで
9/14にアポをとらせて頂いた。
時間は、前日に電話で確認することとした。

9/13東北新幹線で水沢江刺到着は8:45。
登拝・調査に参加されることになった知人が待っていてくれた。
駒形神社に参拝し、関係者に挨拶してから、初日の目的である「焼石駒ヶ岳」に向かう。
今年はこれが初めての登拝となる。

うがい清水登山口に向かう途中。
明日お会いする宮司様のご自宅に伺う。約束では明日であるので驚いておられる。
賞味期限が当日中の手土産を届けに上がっただけなのであるが。
ついでということ、明日の集合時間・場所を確認する。
集合は、土橋の里宮。時間は9:30となった。


9/14 9:30 土橋の里宮。
宮司様の車に乗り換えて猿岩に。

胆沢ダムを越えて、つぶ沼方面に。
付け替え道路の先、猿岩が見える。
「弘法の寝石」の先に猿岩に渡る橋がある。工事はしていない。
一車線の橋を渡り、林道に入る。
奥宮前まで車で向かう。猿岩裏側終点には駐車場となっている。
奥宮には駐車場から5分とかからずに伺うことができる。

奥宮に到着し、宮司様に合わせて参拝する。

ここから先は、知人と自分だけが、奥に進むことになった。
宮司様は、ここで待つという。

営林署の方々が通った道であろう。
リボンがついた道を進む。危険な場所はない。

やがて平坦な場所に着く。奥宮から10分程度。
おそらくここが頂上から降りた最初の遷座地である。
胆沢町史では、この辺りに石祠があるという。
宮司様のお話では、存在は確認しているが、最近は全然行っていないので、
どのような状況かは定かではないとのことであった。

石祠らしきものは見当たらない。
下山時に探すことにして、歩を進めることにした。

平坦部の先、急登となる。
地図によれば、この先が頂上となる。
今回は登山靴ではないので、足元が覚束ない。
斜度のきつい登りの後、頂上につく。
奥宮から15分程度であった。

頂上部、平地部分は狭い。
植生が濃く、見通しは利かない。
この部分に大きな社殿は建てられないであろう。
祠や案内の類は見受けられない。
2つほど三角点みたいな石の杭が打ってある。
管理的なものであって、神社関係ではなさそうだ。
何かの記述は見うけられない。

遅れて登ってきた知人と一緒に
何かないかと少し探してみたが特に見つからなかった。
写真を撮って、下山することにした。
薮蚊が煩い。宮司様は大丈夫であろうか心配になった。

先ほどの傾斜の厳しいところの下りは、一層の注意を払った。

平坦部に戻り、石祠を探す。
探しだしてから5分。木の根元。裏側に石祠を見つけることができた。
登ってきたときに右を見ていれば素直に見つけられた感じだ。
この石祠が嘗ては頂上部にあって、それとは別に胆沢川に面して
胆沢川神社の磐があったのではないかという。
お参りをし写真を撮影して、奥宮まで戻ることとした。

奥宮には宮司様の姿はなかった。
薮蚊から逃れたのだろう。奥宮の写真を撮影してから駐車場に戻ることとした。

駐車場に着く。
宮司様はやはり薮蚊を避けていた。
お待ち頂いたお礼と、無事に目的を果たせたことを告げる。
猿岩を後に、土橋の里宮に戻ることとした。

戻りの車中にて、往古の猿岩における私祭について伺う。
どうやら奥宮での祭祀について復活を考えていらっしゃるようである。
早ければ来年2015年の春例祭4/29に先立って
奥宮での祭祀の再開とのことである。
この私祭は、昭和二十一年より総代による鎮座運営となった経緯がある。
もっともこの頃は、いまの宮司様の家系ではなかったのだが。


途中、湖の底から引き上げられた「弘法の枕石」「胆沢ダム管理事務所」「徳水園」などに
寄って頂き、ちょっとした観光をさせてもらう。

やがて土橋の里宮経由で、宮司様の自宅に伺いお茶をご馳走となった。
昼時ということもあり長居するのも失礼と思い、改めてお礼を述べ退居することとした。



以上が、猿岩における古社地の実地調査の内容である。
他では、推測に基づいた古社地に対する考えを徐々にではあるが
追記しているが、こちらではあまりにも整理されていないので
該当部分は外させて頂いている。




※1
同様の記載が、『奥羽観蹟聞老志補修篇巻之十』にも納められている。
「郷人云。胆沢河畔有高山。曰明神倉。山上有小社。是古之胆沢川神社也。」

 奥羽観蹟聞老志補修篇
  伊勢斉助が、佐々木義和が編纂した「奥羽観蹟聞老志」の誤謬や不備を補修し、
  大正12年(1923)に完成したものを、後にその補修分だけを「補修篇」として
  抄出したもの。


※2
現宮司様のお話とも一致する。
宮司様のお話によると、現奥宮まで2回遷座しているが
それまでに3回建物が風で飛ばされているという。




於呂閇志膽澤川神社
【鎮座地】(里宮)奥州市胆沢区若柳字下堰袋48
    (奥宮)奥州市胆沢区若柳字石淵1
【祭祀】 例祭 4月29日 於呂閇志神社
       9月12日 膽澤川神社
【旧社格】村社
【御祭神】
於呂閇志神社:
 神八井耳命、天津彦火瓊々杵命、大名持命。(須佐男之尊、大山神見命、木花開耶姫を配祀)

膽澤川神社:
 澤女命、水速女命。(若飯豊別命、軻遇土命、誉田別命を配祀)

【由緒】 〜岩手県神社庁青年神道会HPより〜
当社は平城の朝、大同二年(807)郡民胆沢川の水神を鎮祭し奉り、
該川の水を分して灌漑する所を胆沢郡という。
郡中この水脈を使用して耕田の功業を成す故に、
郡民沢女命の神璽を水源に鎮祭して胆沢川神社と崇敬した。
入民の藩息を分掌する神霊にして延喜式内に列す。
明治四年(1871)王政維新の時村社に列格す。
明治四十年(1907)五月二十四日、同村社延喜式内於呂閉志神社を合祀、
村社於呂閉志胆沢川神社と改称す。
奥宮は桓武の朝、延暦二十年(801)坂上田村麻呂東征の折勧請にして
延喜式内に列する神社なり。
明治四十年(1907)五月二十四日、村社胆沢川神社へ合祀し奥宮となる。
村社於呂閉志胆沢川神社と改称す。




参考「胆沢町史」


写真
 ・奥宮(旧 於呂閇志神社)
 ・於呂閇志神社旧社地 猿岩頂上直下
 ・於呂閇志神社旧社地 猿岩頂上
1419749608-1.jpeg 1419749608-2.jpeg 1419749608-3.jpeg
いろいろ情報です ( No.43 )
日時: 2013/11/24 18:57:39
名前: あず  ID: MIJ7fKUc
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 3回   【名前】 あず  【最終日時】 2014/04/03 20:36:11

新田郡 子松神社
大崎八幡神社(大崎市田尻八幡御殿坂)
御朱印:あり
駐車場:あり


牡鹿郡 香取伊豆乃御子神社
和渕神社(石巻市和渕町)
御朱印:あり(神璽印)
駐車場:あり(鳥居左手に鳥居マークの書かれている神社用の駐車場があります)
特記:
  本務 朝日山計仙麻神社


桃生郡 飯野山神社
飯野山神社(石巻市飯野外吉野戸場柄)
御朱印:なし
駐車場:なし(社殿まで車でも行けるそうですが、馬力がある車じゃないときついそうです)
 飯野川亀ヶ森八幡神社が兼務(亀ヶ森八幡神社は御朱印・駐車場あり)


桃生郡 日高見神社
日高見神社(石巻市桃生町)
御朱印:あり
駐車場:あり


桃生郡 二俣神社
二俣神社(石巻市三輪田)
御朱印:なし
駐車場:なし
特記:
  本務 八雲神社(宮城県石巻市鹿又町浦、八雲神社は御朱印・駐車場あり)

石上神社(東松島市浜市東浮足)
御朱印:なし
駐車場:あり
特記:
  本務 新山神社(宮城県東松島市大塩、新山神社は御朱印なし・駐車場あり)
※津波で社殿自体消失しているそうです


桃生郡 石神社
龍口神社に合祀(石巻市龍口山)
御朱印:あり(神璽印)
駐車場:なし
特記:
  本務 朝日山計仙麻神社
※前谷地の石神社は、地域の氏子の方々が管理しているので、御朱印などはないんじゃないかということです。


行方郡 冠嶺神社
冠嶺神社(南相馬市鹿島区)
御朱印:あり
駐車場:なし(道路沿い東側にある集会所に駐車スペースあり)
特記:
  本務 鹿嶋御子神社


行方郡 御刀神社
御刀神社(南相馬市鹿島区)
御朱印:あり※要連絡
駐車場:あり
特記:
  本務 伊勢大御神

--- --- --- 

…というわけで、龍口神社の御朱印も無事頂戴出来ました!
白岩神明社 ( No.42 )
日時: 2013/10/06 12:58:40
名前: 御津垣  ID: k0zxRIes
編集: 【回数】 3回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2014/05/15 15:37:39

白岩神明社
【鎮座地】仙北市角館町白岩前郷1
【祭祀】 例祭 8月21日
【旧社格】村社
【御朱印】なし

−由緒(神社由緒書より)−
【御祭神、合祀神社】
一、天照皇大神       神明社(前郷)
一、水波女神        水波女神社(堂ノ口)
一、稲倉魂神        稲荷神社(寺後)新木神社(寺後)
一、素佐男神        八坂神社(寺後)
一、伊邪那美神、久々理姫神 白山社(愛宕山)
一、加具土神        愛宕社(愛宕山)
一、大山祇神        岩上社=山神社(杉沢)
一、天御中主神       古城社=荒神社(前郷山)妙見社(境内社)
一、猿田彦神        庚申社(境内社)
一、鳴雷神         雷社(雷堂)
一、菅原道真神       菅原神社=天神社(平城)
一、大国主神        寺山社=薬師堂(平城)
一、大己貴神、少名彦神   大己貴少名彦神社(入角山)市神社(境内社)

【神社沿革】
 白岩の地は、宝徳年間(足利義政の頃1450年代)白岩氏の活躍、
慶長年間(1560年)の検地などにより当時の発展の様子が伺われる。
神明社本殿に奉献され現存する棟札よりその概略を列記すれば、
一、奉造立御伊勢本地天照皇大神宮一宇想形師
   享保十年五月十六日(1725年)
   
   ※天明八年(1788年)白岩瀬戸山始まる(付記)

一、奉造立天照皇大神宮外殿一宇発之儀
   文化元年七月二十一日(1804年)

一、奉造立天照皇大神宮御神躰一宇想形儀也
   嘉永五年十一月二十二日(1852年)


一、奉再建天照皇大神宮一宇御堂発願之儀也
   安政三年七月二十日(1856年)

一、奉祭天照両皇伊邪那岐命伊邪那美命守護所
   明治三年十一月二十四日(1870年)


とある。明治三年神仏混淆禁止令が発せられ、明治五年「村社」に列せらる。
明治四十三年二月十日前記神社十一社、境内社三社、大正五年十一月二十五日菅原神社が合祀される。
この間度々社殿の修理改築が行なわれている。
 さて、合祀された各々の社も1700年代より各種棟札が保存されている。
特に稲荷神社については歴史上の記録は古く、国史大系日本三代実録第十八巻に
「出羽国白岩の神、従五位下に叙す、清和天皇貞観十二年八月二十八日此の白岩いと古し」(870年)とあり、
白岩郷土史(高木徳治著)にも「大同二年稲荷神社建立」(807年)とある。
これらの社は白岩氏築城の館山を中心に開発された白岩の里の守護神であった。
 修験(法院)高木家(現高木正太郎氏)は元亀年中(1570年代)よりこの里にて奉仕されていたが、
明治三十年高木祐太則久氏の死去により、稲荷、八坂、天満宮等の社掌であった太田時治重敬が
跡を引継ぎ現在に至る。
 大正年代以降の社、境内の整備は次の通り、
一、社殿移動、長床壱棟新築執行
   大正六年九月二十六日

一、境内北側、南側石垣築造
   大正十三年、同十四年

一、本殿屋根鉄板葺替工事執行
   昭和二十三年七月二十一日

一、拝殿葺替中殿殿増築竣工、長床解体工事執行
   昭和二十六年旧七月二十日

一、鳥居再建
   昭和五十七年十二月八日

一、幣殿拝殿増改築、基礎部改修、板戸改装、手水舎建立
   昭和六十年七月七日

一、境内南板塀建設
   昭和六十二年十二月二十日


以上が当神社沿革のあらましであります。
氏子崇敬者165戸皆様の度々の浄財を基に現在の社殿、境内の整備が出来ました。
この度秋田県神社庁仙北支部神社総代会が神明社を会場に開催されるに当たり、
小冊子を記録し、共々に今後の敬神を祈るものであります。

 昭和六十三年六月二十四日   白岩神明社




出羽国国史見在『白磐神』。
一般的には、山形県寒河江市 葉山に鎮座する白磐神社が比定社ということであるが、
秋田県仙北市にも同様な由緒を持つ神社が存在する。

角館町白岩に鎮座する神明社。こちらの合祀されている稲荷神社が白磐神であるという。
資料が少ないので、何かしら残っていないものか宮司様に問い合わせるが
これといったものは残っておらず、合祀前の旧社地も具体的には分からないとのことであった。
郷土史を国会図書館で調べるしかないかと、お礼を述べて電話を切る。

当日は、秋田市街に滞在していたこともあり
参拝と、社殿の写真を撮影する為に神明社へ移動する。

写真を撮っていると、一台の車。
「先ほど電話で由緒を尋ねられた方ですか?」と。
特に約束もお願いもしていなかったが、稲荷神社の旧社地を調べてくださっていたとのこと。
ご自身も宮司職を継いだばかりで、神社の由緒を改めて勉強しようと思っていらしたようで
今回の問い合わせを「いい機会」と、総代の方々にも問い合わせ、実際に旧社地にも
訪ねてこられたとのことであった。

昇殿参拝させて頂いて、上述のお話を伺い旧社地の地図と由緒書を頂き退去する。
(御朱印の有無は、聞いていませんでした。。。)
※2014.4末確認。「対応されていないそうです。」


御厚意に改めて感謝申し上げます。



写真
 ・社頭
 ・拝殿
 ・稲荷神社(旧地)
1381031920-1.jpeg 1381031920-2.jpeg 1381031920-3.jpeg
報告デース ( No.41 )
日時: 2013/09/23 19:24:19
名前: あず  ID: gGmh5JOY
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

ご報告です〜。これで宮城県内陸北部の式内社はある程度埋まったかなぁ

新田郡 子松神社
大崎八幡神社(大崎市田尻八幡御殿坂)
御朱印:あり
駐車場:あり


栗原郡 志波姫神社 名神大
志波姫神社(栗原市高清水)
御朱印:あり
駐車場:あり(宮司さんのお話では、西側のコミュニティセンター駐車でいいそうです)
特記:
  本務 八坂神社


栗原郡 遠流志別石神社
遠流志別石神社(登米市石越町)
御朱印:あり
駐車場:あり(社殿東側の道路そばに2台ほど停めるスペース有り)
 ※以前は本務社でしたが、
  現在は宮城県登米市中田町浅水字長谷山の白山神社の兼務社になっています。
  白山神社も御朱印を頂けました。

報告でーす ( No.40 )
日時: 2013/09/05 01:04:34
名前: あず  ID: l./GOjQI
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 2回   【名前】 あず  【最終日時】 2013/09/06 22:38:29

報告です。すんません

栗原郡 表刀神社
表刀神社(宮城県栗原市築館字成田)
御朱印:あり
駐車場:あり(境内わきの空き地)
 本務 皇大神社(栗原市築館字下宮野館1)
※宮司さんは兼業の方らしいので、事前連絡した方がいいかもしれません。

栗原郡 和我神社
和我神社(栗原市築館)
御朱印:なし(御朱印はないそうですが、御厚意で墨書をいただきました)
駐車場:あり
特記:
 本務 鹿嶋神社(宮城県栗原市志波姫堀口宮中84)

栗原郡 香取御兒神社
黒瀬鹿嶋神社に合祀(宮城県栗原市築館字黒瀬後畑64)
御朱印:なし
駐車場:なし
特記:
 本務 鹿嶋神社(宮城県栗原市志波姫堀口宮中84)

栗原郡 雄鋭神社
雄鋭神社(栗原市栗駒稲屋敷)
御朱印:なし
駐車場:あり
 本務 八幡神社(宮城県栗原市栗駒中野若宮山1)
※お守りや御札はあるそうです。

志波姫神社(栗原市志波姫)
御朱印:あり
駐車場:あり
 本務 八坂神社(栗原市志波姫梅崎北郷小糠塚1)
※八坂神社・志波姫神社の宮司さんのお宅は、東北新幹線くりこま高原駅の東の
 志波姫北郷桃崎地区にあります。事前連絡するといいかもしれません。

栗原郡 駒形根神社
駒形根神社(栗原市栗駒沼倉)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:
 栗駒山山頂に奥宮
※2013年9月現在、神社に電話したところ、神職さんは平日は他のお仕事をされているので、
 事前連絡して聞いてみるか、書き置きをお願いしておくといいかもしれません。自分は墨書なしの御朱印だけ頂戴しました。

---

とりあえずこんな感じです。栗原郡は残すは遠流志別石神社のみですね…。

あと、鹿島苗裔神について築館の鹿島神社(和我神社・香取御子神社論社の黒瀬鹿島神社兼務)に聞いてみたんですが
やっぱり合祀やら「神社の名称=祭神と」は限らないため、かなり分からなくなっているんじゃないかと情報をいただきました(´・ω・`)
ご報告でーす ( No.39 )
日時: 2013/07/17 00:33:40
名前: あず  ID: 2lCGhWJs
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 あず  【最終日時】 2013/07/17 00:35:00

御津垣さんが参拝されたときは、おそらく今の宮司さんのお父様が宮司をされていた頃だと思います。
その頃は御朱印自体やってなくて、現在の宮司さんになってから御朱印の授与が始まったみたいですね。
もし今度いらっしゃる場合は、事前連絡をしてからのほうがいいかもしれないです。

宮司さんも「もし御朱印が頂きたい場合は、事前連絡をいただければ確実だと伝えてください!」とのことでした。

敷玉早御玉神社、自分も初参拝だったので、羽黒神社の方に車で境内に行けるか聞きました。
「細〜い道なので、お寺の隣の空き地に停めるといいですよ」と言われたので、安全な空き地の方に止めました(;´∀`)
神社の隣が農家のハウスだったので、軽トラ並の車だったら余裕そうですが、ランクルとかは迷わず空き地に止めたほうがいいレベルでしたね


そういえば、敷玉早御玉神社の参道入口に「奥州一百座神社」という梵字が刻まれている石碑がありました。
奥州百座の式内社を表した石碑だと思うんですが、珍しいですよね、こういう石碑。
1373988820-1.jpeg
ご報告でーす ( No.38 )
日時: 2013/07/16 17:50:58
名前: 御津垣  ID: piRUOaOM

改めて、コメント有難うございます。

子松神社は、2010年6月に参拝しているのですが、
神職さんが留守で拝受できませんでした。
その後機会もなく、羨ましいかぎりです。


敷玉早御玉神社も同日に参拝しましたが、
なんかそのまま参道に突入して境内に駐車したような。。。



No.37に対しての引用返信です。
>リスト追加ありがとうございます( ´∀`)
>mixiの方にも書きましたが、こっちにも細かいことを投稿しておきます!
>
>新田郡 子松神社
>子松神社(大崎市古川新田)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:宮司さんは他の仕事をされているため、事前連絡していただければ嬉しいとのことでした。
>(ちなみに、宮司さんのお話では、御朱印はヨルカさんが2人めの授与、自分が20人目という激レア御朱印だそうです)
>
>賀美郡 賀美石神社
>賀美石神社(加美郡加美町)
>御朱印:なし(2013-07-13に電話で確認しました)
>駐車場:なし(近くの根岸集会場に駐車可)
>特記:参道脇に社殿前まで行く車道がありますが、かなりキツイ坂道なので車で行くのはおすすめしません
> 旧社地:宮城県加美郡加美町谷地森の新石神地区の東側道路沿いに説明柱あり(東西に細長い野原が旧社地です)
>         グーグルマップ:http://urx.nu/4xMB
>    本務 伊達神社
>
>志太郡 敷玉早御玉神社
>敷玉早御玉神社(大崎市古川)
>御朱印:なし(の可能性高)
>駐車場:なし
>特記:駐車場は社地西側にあるお寺のそばの空き地に止められます
>  本務 羽黒神社(宮城県大崎市古川下中目字古河)
>
>柴田郡 大高山神社 名神大
>大高山神社(柴田郡大河原町)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:元は宮城県柴田郡大河原町金ケ瀬新開地区の新幹線線路付近に社地。
>    元禄の火災で社殿焼失後に遷座した金ケ瀬新開126番地に旧社地・社殿あり
>
>苅田郡 苅田嶺神社 名神大
>刈田嶺神社(刈田郡蔵王町宮)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:青麻山山頂に奥宮あり 
ご報告でーす ( No.37 )
日時: 2013/07/13 11:31:53
名前: あず  ID: a0LZMK9k
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 あず  【最終日時】 2013/07/15 00:26:50

リスト追加ありがとうございます( ´∀`)
mixiの方にも書きましたが、こっちにも細かいことを投稿しておきます!

新田郡 子松神社
子松神社(大崎市古川新田)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:宮司さんは他の仕事をされているため、事前連絡していただければ嬉しいとのことでした。
(ちなみに、宮司さんのお話では、御朱印はヨルカさんが2人めの授与、自分が20人目という激レア御朱印だそうです)

賀美郡 賀美石神社
賀美石神社(加美郡加美町)
御朱印:なし(2013-07-13に電話で確認しました)
駐車場:なし(近くの根岸集会場に駐車可)
特記:参道脇に社殿前まで行く車道がありますが、かなりキツイ坂道なので車で行くのはおすすめしません
旧社地:宮城県加美郡加美町谷地森の新石神地区の東側道路沿いに説明柱あり(東西に細長い野原が旧社地です)
         グーグルマップ:http://urx.nu/4xMB
    本務 伊達神社

志太郡 敷玉早御玉神社
敷玉早御玉神社(大崎市古川)
御朱印:なし(の可能性高)
駐車場:なし
特記:駐車場は社地西側にあるお寺のそばの空き地に止められます
  本務 羽黒神社(宮城県大崎市古川下中目字古河)

柴田郡 大高山神社 名神大
大高山神社(柴田郡大河原町)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:元は宮城県柴田郡大河原町金ケ瀬新開地区の新幹線線路付近に社地。
    元禄の火災で社殿焼失後に遷座した金ケ瀬新開126番地に旧社地・社殿あり

苅田郡 苅田嶺神社 名神大
刈田嶺神社(刈田郡蔵王町宮)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:青麻山山頂に奥宮あり 
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