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関東の神社めぐり プチ神楽殿掲示板
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[34] 【北海道・東北】神社・御朱印情報 part2
日時: 2012/04/06 00:13:54
名前: 御津垣  ID: 5rUlEDtM
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2013/01/28 20:56:45

北海道および、東北6県(青森・岩手・秋田・宮城・山形・福島)に関する
遠征報告・御朱印情報をお願いします。

過去スレはこちら
【北海道・東北】神社・御朱印情報http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?no=9
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鹿島大神苗裔神卅八社 [志太郡一座] ( No.46 )
日時: 2015/09/01 10:58:39
名前: 御津垣  ID: eZrw6Czc
編集: 【回数】 5回   【名前】 神楽  【最終日時】 2019/06/29 23:09:18

龍谷史壇76
『古代辺境村落に関する一考察
--大崎平野における式内社と鹿島・香取神社苗裔社の分布を中心として』(神 英雄)

この考察に以下のような一文が見ることができる。
----------------------------------------------------
大崎平野における古墳時代と奈良・平安時代の遺跡は、鳴瀬川、江合川流域の洪積丘陵と
沖積平野の漸移地域に集中する。そして遺跡密集地域は時間経過とともに、
鳴瀬川流域から江合川流域へと移動しており、鳴瀬川は中世以降舟運が盛んであったことから、
入植経路や物資輸送経路として利用されていたと推測しうる。陸奥国の鹿島・香取苗裔神社が、
当時の汀線や河川の沿うて位置しており、「水上交通」や「水」と密接な関連が見られ、
それが洪積台地や丘陵の末端・自然堤防に立地していることを考え併せれば、
貞観八年太政官符記載の、色麻郡三社・志太郡一社・小田郡四社の鹿島苗裔神社は、
鳴瀬川流域の自然堤防・丘陵・台地の末端に位置していたものと考えられる。
そして鳴瀬川流域に分布する現存の鹿島・香取神社のうち、自然堤防・丘陵・台地の末端に
立地し、かつ奈良・平安時代の集落遺跡の周辺ないし中心に位置するのは、
加美郡中新田町四日市場の鹿島神社・同志麻町四竈の伊達(香取)神社・
志太郡三本木町桑折の鹿島神社の三社である。
したがって、志麻郡三社のうち二社は、加美郡中新田町四日市場の鹿島神社・
同志麻町四竈の伊達(香取)神社であり、
志太郡一社は、三本木町桑折の鹿島神社であると推測する。
----------------------------------------------------


本論文を参考に三本木地区を調査してみたが
該当する由緒をもつ鹿島神社は見つけることができなかった。
唯一、「三本木桑折」の小字「鹿島下」を確認できた。
地名とくに小字にはその地区の歴史を表すことが多いこともあり
この辺りに鹿島神社の存在は推測できた。

後日、知人に『三本木の歴史』なる書物を紹介され
同三本木の八坂神社に、明治四十二年合祀されたことを知ることとなる。


さて、当地を訪れたのは夏も暑い盛りであった。
最初に八坂神社で由緒を確認する為、宮司宅を訪問する。
しかしながら、そのような歴史は分からないとのことであった。

次に、目星を付けていた「鹿島下」に向かう。
該当の場所は伐採が行われている状態であった。
近所の方に伺うと、確かに昔「鹿島神社」はあったが、今はなにもないと言う。
詳しくは山の所有者に確認されたほうがいいということになりそちらに伺うこととした。

所有者の方は、八坂神社の総代でもあられたので、八坂神社由緒書を頂き、
鹿島神社が確かに合祀されていることを確認させてもらった。
また、二代前は神社があった山上にお住まいであったとのことであった。

鎮座跡地にも上らせて頂いたが、かつて人がいたという形跡が
水道関係の設備からも窺うことができた。
神社としての形跡は、「白山神社」の石碑が残されていたことだけであった。
おそらく、合祀の際に忘れられ人知れず残されていたものであろう。
跡地からは東北新幹線の高架がよく見えた。
湿地帯を舟で遡ってくるとこの山はよい目印となるのではなかろうか。


余談であるが八坂神社には多くの鹿島神社が合祀されている。
いづれも同じ明治四十二年合祀であり、村社であったようだ。
・斉田邑小原(現:三本木斉田字小原)
・坂本邑跡水(現:三本木坂本字鹿島)「跡不見壇遺跡」付近か
・南谷地邑岡町
・蒜袋邑南屋敷(現:三本木蒜袋字南屋敷)
・高柳邑東壇(現:三本木高柳字東壇)
・伊賀邑松本澤(現:三本木伊賀字鹿島)
・桑折邑鹿島(現:三本木桑折字鹿島下)



写真
1枚目:Google Flood Maps 現在 大崎市にて災害があり不適切として一旦削除致します。
   30m海面を上げております。
   実際にここまで海が入り込んでいた訳ではなく
   過去河川の氾濫により湿地帯と化していた時代を分かりやすくする為に
   参考に乗せております。
   赤丸部分は、鹿島神社跡となります。

2枚目:鹿島神社跡地

3枚目:八坂神社 
   鹿島神社合祀先となります。
1441249119-2.jpeg 1441249119-3.jpeg
和我叡登挙神社(胆沢区石碑) ( No.45 )
日時: 2015/08/08 23:26:29
名前: 御津垣  ID: 1r3dWQcA
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2018/03/15 17:16:27

和我叡登挙神社
【鎮座地】奥州市胆沢区字大歩23 若宮八幡宮境内
【例祭日】9月29日
【駐車場】なし



【胆沢町史】より抜粋
-----------------------------------------------------------------------------
『前沢町郷土史資料の下衣川威徳院所蔵記録』のなかに
『和我叡登挙神社は「ほつつゆりの尊」をまつり、永徳寺邑正寿院扱』と記される。

胆沢町若柳の大歩の老杉の森に鎮座している若宮八幡社社殿裏に
『陸奥百座之内、和我叡登挙神社、地主水主』
と刻まれた石碑がある。

若宮八幡神社地主阿部家にきくと土産神だといい、『宝暦十四年(1764)巡礼記』に、
胆沢郡和我叡登挙神社祭日9月29日と記録されている。地主、水主は地の神、
水の神の意味だろうから、同族の阿部、安部、安部一族だかりでなく、
後年には土地の人達も、この若飯豊別命を信仰の対照として神社を守り祭っていた証拠ではなかろうか。
そして、『安永二年の胆沢風土聞誌の若柳邑の項』に、「其ノ地未詳」の記録は、
わずか九年の間に未詳になったのではなく、ひそかに土地のものが祭っていたか、
あるいは廃絶同様になっていたかであろう。
-----------------------------------------------------------------------------


先日、東北某所で若者(たんぽぽろぐさん)に出会った。
延喜式内社の巡拝をしており、奥宮にも伺うような熱心な方であった。
和我叡登挙神社の石碑を探しておられたので場所を伝えていたが、
どうやら他の神社で時間をとられて伺えられなったようだ。

場所は、胆沢区若柳 国道397号から旅館「瑞月」側に入り
胆沢川を渡った突き当たりとなる。
車は、坂の手前に停めたほうがよい。

私有地であり、車止めのロープが張ってある。
断ってから立ち入るのがいいだろう。
民家から100mで鳥居に至る。若宮八幡神社である。
右奥に廻れば、和我叡登挙神社の石碑がある。



※たんぽぽろぐさん情報によると
『不法投棄が多いためトラロープを掛けているそうで、神社参拝の場合は入ってOKとのことでした』とのこと
参照リンク
http://momijiaoi.blog.jp/archives/1068935839.html#comments


写真
・若宮八幡神社
・和我叡登挙神社石碑
1439043989-1.jpeg 1439043989-2.jpeg
膽澤川神社 旧跡を探る3 ( No.44 )
日時: 2014/12/28 15:53:28
名前: 御津垣  ID: sgBvC/nc
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2014/12/28 16:40:26

『胆沢町史』(1982)よれば膽澤川神社のもとの所在地は、
於呂閇神社本社(現奥宮)の鎮座する猿岩ではないかとしている。

安永二年(1773)の『胆沢風土聞誌』に
「胆沢川神社は祭神水速女命。伝え曰く。胆沢川の畔に高山有りて明神倉と号し、
山上に小さい祠の胆沢川神社有るなり」※1とあり、明神倉を同胆沢風土聞誌の
「前川は小川なり。源は浅見岳より出て下嵐江の明神倉を過ぎて胆沢川に入る」
の記述から、現在の猿岩ではないかと推測しているわけである。

さらに、於呂閇神社は猿岩頂上にあり建物が風で飛ばされてから下方におりたとある。※2
下方におりた時の石堂が、奥宮と頂上の間にある小さな一祠であろうとして、
同時に頂上には、この石祠とは別に胆沢川に面して、膽澤川神社の磐があったとのでは
と結んでいる。


旧社地の確認に猿岩に再訪したのは2013年10月である。
しかし、つぶ沼から新設された付け替え道路は、橋の先での工事に為、
立ち入りを禁じられていた。
工事終了の時期は不明、歩いての立ち入りも禁止とガードマンに止められてしまった。
橋の向こうにチェーンソーの音が響いていた。

土橋の里宮に参拝に立ち寄ると、偶然にも宮司様がいらっしゃったので、
猿岩への道が工事中なことなど話に付き合って頂く。
次回は、来年になるだろうという段になって、
時間があれば案内するとのことをお言葉を頂いた。

翌2014年は公私ともに多忙で、なかなか東北に訪れることができない状況が続いていた。
落ち着きを取り戻したのは8月も後半に入ってからである。


8月某日 9月三連休を使って訪れることを決め、関係者に連絡を入れる。
於呂閇志膽澤川神社 宮司様には、例祭の間の日ということで
9/14にアポをとらせて頂いた。
時間は、前日に電話で確認することとした。

9/13東北新幹線で水沢江刺到着は8:45。
登拝・調査に参加されることになった知人が待っていてくれた。
駒形神社に参拝し、関係者に挨拶してから、初日の目的である「焼石駒ヶ岳」に向かう。
今年はこれが初めての登拝となる。

うがい清水登山口に向かう途中。
明日お会いする宮司様のご自宅に伺う。約束では明日であるので驚いておられる。
賞味期限が当日中の手土産を届けに上がっただけなのであるが。
ついでということ、明日の集合時間・場所を確認する。
集合は、土橋の里宮。時間は9:30となった。


9/14 9:30 土橋の里宮。
宮司様の車に乗り換えて猿岩に。

胆沢ダムを越えて、つぶ沼方面に。
付け替え道路の先、猿岩が見える。
「弘法の寝石」の先に猿岩に渡る橋がある。工事はしていない。
一車線の橋を渡り、林道に入る。
奥宮前まで車で向かう。猿岩裏側終点には駐車場となっている。
奥宮には駐車場から5分とかからずに伺うことができる。

奥宮に到着し、宮司様に合わせて参拝する。

ここから先は、知人と自分だけが、奥に進むことになった。
宮司様は、ここで待つという。

営林署の方々が通った道であろう。
リボンがついた道を進む。危険な場所はない。

やがて平坦な場所に着く。奥宮から10分程度。
おそらくここが頂上から降りた最初の遷座地である。
胆沢町史では、この辺りに石祠があるという。
宮司様のお話では、存在は確認しているが、最近は全然行っていないので、
どのような状況かは定かではないとのことであった。

石祠らしきものは見当たらない。
下山時に探すことにして、歩を進めることにした。

平坦部の先、急登となる。
地図によれば、この先が頂上となる。
今回は登山靴ではないので、足元が覚束ない。
斜度のきつい登りの後、頂上につく。
奥宮から15分程度であった。

頂上部、平地部分は狭い。
植生が濃く、見通しは利かない。
この部分に大きな社殿は建てられないであろう。
祠や案内の類は見受けられない。
2つほど三角点みたいな石の杭が打ってある。
管理的なものであって、神社関係ではなさそうだ。
何かの記述は見うけられない。

遅れて登ってきた知人と一緒に
何かないかと少し探してみたが特に見つからなかった。
写真を撮って、下山することにした。
薮蚊が煩い。宮司様は大丈夫であろうか心配になった。

先ほどの傾斜の厳しいところの下りは、一層の注意を払った。

平坦部に戻り、石祠を探す。
探しだしてから5分。木の根元。裏側に石祠を見つけることができた。
登ってきたときに右を見ていれば素直に見つけられた感じだ。
この石祠が嘗ては頂上部にあって、それとは別に胆沢川に面して
胆沢川神社の磐があったのではないかという。
お参りをし写真を撮影して、奥宮まで戻ることとした。

奥宮には宮司様の姿はなかった。
薮蚊から逃れたのだろう。奥宮の写真を撮影してから駐車場に戻ることとした。

駐車場に着く。
宮司様はやはり薮蚊を避けていた。
お待ち頂いたお礼と、無事に目的を果たせたことを告げる。
猿岩を後に、土橋の里宮に戻ることとした。

戻りの車中にて、往古の猿岩における私祭について伺う。
どうやら奥宮での祭祀について復活を考えていらっしゃるようである。
早ければ来年2015年の春例祭4/29に先立って
奥宮での祭祀の再開とのことである。
この私祭は、昭和二十一年より総代による鎮座運営となった経緯がある。
もっともこの頃は、いまの宮司様の家系ではなかったのだが。


途中、湖の底から引き上げられた「弘法の枕石」「胆沢ダム管理事務所」「徳水園」などに
寄って頂き、ちょっとした観光をさせてもらう。

やがて土橋の里宮経由で、宮司様の自宅に伺いお茶をご馳走となった。
昼時ということもあり長居するのも失礼と思い、改めてお礼を述べ退居することとした。



以上が、猿岩における古社地の実地調査の内容である。
他では、推測に基づいた古社地に対する考えを徐々にではあるが
追記しているが、こちらではあまりにも整理されていないので
該当部分は外させて頂いている。




※1
同様の記載が、『奥羽観蹟聞老志補修篇巻之十』にも納められている。
「郷人云。胆沢河畔有高山。曰明神倉。山上有小社。是古之胆沢川神社也。」

 奥羽観蹟聞老志補修篇
  伊勢斉助が、佐々木義和が編纂した「奥羽観蹟聞老志」の誤謬や不備を補修し、
  大正12年(1923)に完成したものを、後にその補修分だけを「補修篇」として
  抄出したもの。


※2
現宮司様のお話とも一致する。
宮司様のお話によると、現奥宮まで2回遷座しているが
それまでに3回建物が風で飛ばされているという。




於呂閇志膽澤川神社
【鎮座地】(里宮)奥州市胆沢区若柳字下堰袋48
    (奥宮)奥州市胆沢区若柳字石淵1
【祭祀】 例祭 4月29日 於呂閇志神社
       9月12日 膽澤川神社
【旧社格】村社
【御祭神】
於呂閇志神社:
 神八井耳命、天津彦火瓊々杵命、大名持命。(須佐男之尊、大山神見命、木花開耶姫を配祀)

膽澤川神社:
 澤女命、水速女命。(若飯豊別命、軻遇土命、誉田別命を配祀)

【由緒】 〜岩手県神社庁青年神道会HPより〜
当社は平城の朝、大同二年(807)郡民胆沢川の水神を鎮祭し奉り、
該川の水を分して灌漑する所を胆沢郡という。
郡中この水脈を使用して耕田の功業を成す故に、
郡民沢女命の神璽を水源に鎮祭して胆沢川神社と崇敬した。
入民の藩息を分掌する神霊にして延喜式内に列す。
明治四年(1871)王政維新の時村社に列格す。
明治四十年(1907)五月二十四日、同村社延喜式内於呂閉志神社を合祀、
村社於呂閉志胆沢川神社と改称す。
奥宮は桓武の朝、延暦二十年(801)坂上田村麻呂東征の折勧請にして
延喜式内に列する神社なり。
明治四十年(1907)五月二十四日、村社胆沢川神社へ合祀し奥宮となる。
村社於呂閉志胆沢川神社と改称す。




参考「胆沢町史」


写真
 ・奥宮(旧 於呂閇志神社)
 ・於呂閇志神社旧社地 猿岩頂上直下
 ・於呂閇志神社旧社地 猿岩頂上
1419749608-1.jpeg 1419749608-2.jpeg 1419749608-3.jpeg
いろいろ情報です ( No.43 )
日時: 2013/11/24 18:57:39
名前: あず  ID: MIJ7fKUc
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 3回   【名前】 あず  【最終日時】 2014/04/03 20:36:11

新田郡 子松神社
大崎八幡神社(大崎市田尻八幡御殿坂)
御朱印:あり
駐車場:あり


牡鹿郡 香取伊豆乃御子神社
和渕神社(石巻市和渕町)
御朱印:あり(神璽印)
駐車場:あり(鳥居左手に鳥居マークの書かれている神社用の駐車場があります)
特記:
  本務 朝日山計仙麻神社


桃生郡 飯野山神社
飯野山神社(石巻市飯野外吉野戸場柄)
御朱印:なし
駐車場:なし(社殿まで車でも行けるそうですが、馬力がある車じゃないときついそうです)
 飯野川亀ヶ森八幡神社が兼務(亀ヶ森八幡神社は御朱印・駐車場あり)


桃生郡 日高見神社
日高見神社(石巻市桃生町)
御朱印:あり
駐車場:あり


桃生郡 二俣神社
二俣神社(石巻市三輪田)
御朱印:なし
駐車場:なし
特記:
  本務 八雲神社(宮城県石巻市鹿又町浦、八雲神社は御朱印・駐車場あり)

石上神社(東松島市浜市東浮足)
御朱印:なし
駐車場:あり
特記:
  本務 新山神社(宮城県東松島市大塩、新山神社は御朱印なし・駐車場あり)
※津波で社殿自体消失しているそうです


桃生郡 石神社
龍口神社に合祀(石巻市龍口山)
御朱印:あり(神璽印)
駐車場:なし
特記:
  本務 朝日山計仙麻神社
※前谷地の石神社は、地域の氏子の方々が管理しているので、御朱印などはないんじゃないかということです。


行方郡 冠嶺神社
冠嶺神社(南相馬市鹿島区)
御朱印:あり
駐車場:なし(道路沿い東側にある集会所に駐車スペースあり)
特記:
  本務 鹿嶋御子神社


行方郡 御刀神社
御刀神社(南相馬市鹿島区)
御朱印:あり※要連絡
駐車場:あり
特記:
  本務 伊勢大御神

--- --- --- 

…というわけで、龍口神社の御朱印も無事頂戴出来ました!
白岩神明社 ( No.42 )
日時: 2013/10/06 12:58:40
名前: 御津垣  ID: k0zxRIes
編集: 【回数】 3回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2014/05/15 15:37:39

白岩神明社
【鎮座地】仙北市角館町白岩前郷1
【祭祀】 例祭 8月21日
【旧社格】村社
【御朱印】なし

−由緒(神社由緒書より)−
【御祭神、合祀神社】
一、天照皇大神       神明社(前郷)
一、水波女神        水波女神社(堂ノ口)
一、稲倉魂神        稲荷神社(寺後)新木神社(寺後)
一、素佐男神        八坂神社(寺後)
一、伊邪那美神、久々理姫神 白山社(愛宕山)
一、加具土神        愛宕社(愛宕山)
一、大山祇神        岩上社=山神社(杉沢)
一、天御中主神       古城社=荒神社(前郷山)妙見社(境内社)
一、猿田彦神        庚申社(境内社)
一、鳴雷神         雷社(雷堂)
一、菅原道真神       菅原神社=天神社(平城)
一、大国主神        寺山社=薬師堂(平城)
一、大己貴神、少名彦神   大己貴少名彦神社(入角山)市神社(境内社)

【神社沿革】
 白岩の地は、宝徳年間(足利義政の頃1450年代)白岩氏の活躍、
慶長年間(1560年)の検地などにより当時の発展の様子が伺われる。
神明社本殿に奉献され現存する棟札よりその概略を列記すれば、
一、奉造立御伊勢本地天照皇大神宮一宇想形師
   享保十年五月十六日(1725年)
   
   ※天明八年(1788年)白岩瀬戸山始まる(付記)

一、奉造立天照皇大神宮外殿一宇発之儀
   文化元年七月二十一日(1804年)

一、奉造立天照皇大神宮御神躰一宇想形儀也
   嘉永五年十一月二十二日(1852年)


一、奉再建天照皇大神宮一宇御堂発願之儀也
   安政三年七月二十日(1856年)

一、奉祭天照両皇伊邪那岐命伊邪那美命守護所
   明治三年十一月二十四日(1870年)


とある。明治三年神仏混淆禁止令が発せられ、明治五年「村社」に列せらる。
明治四十三年二月十日前記神社十一社、境内社三社、大正五年十一月二十五日菅原神社が合祀される。
この間度々社殿の修理改築が行なわれている。
 さて、合祀された各々の社も1700年代より各種棟札が保存されている。
特に稲荷神社については歴史上の記録は古く、国史大系日本三代実録第十八巻に
「出羽国白岩の神、従五位下に叙す、清和天皇貞観十二年八月二十八日此の白岩いと古し」(870年)とあり、
白岩郷土史(高木徳治著)にも「大同二年稲荷神社建立」(807年)とある。
これらの社は白岩氏築城の館山を中心に開発された白岩の里の守護神であった。
 修験(法院)高木家(現高木正太郎氏)は元亀年中(1570年代)よりこの里にて奉仕されていたが、
明治三十年高木祐太則久氏の死去により、稲荷、八坂、天満宮等の社掌であった太田時治重敬が
跡を引継ぎ現在に至る。
 大正年代以降の社、境内の整備は次の通り、
一、社殿移動、長床壱棟新築執行
   大正六年九月二十六日

一、境内北側、南側石垣築造
   大正十三年、同十四年

一、本殿屋根鉄板葺替工事執行
   昭和二十三年七月二十一日

一、拝殿葺替中殿殿増築竣工、長床解体工事執行
   昭和二十六年旧七月二十日

一、鳥居再建
   昭和五十七年十二月八日

一、幣殿拝殿増改築、基礎部改修、板戸改装、手水舎建立
   昭和六十年七月七日

一、境内南板塀建設
   昭和六十二年十二月二十日


以上が当神社沿革のあらましであります。
氏子崇敬者165戸皆様の度々の浄財を基に現在の社殿、境内の整備が出来ました。
この度秋田県神社庁仙北支部神社総代会が神明社を会場に開催されるに当たり、
小冊子を記録し、共々に今後の敬神を祈るものであります。

 昭和六十三年六月二十四日   白岩神明社




出羽国国史見在『白磐神』。
一般的には、山形県寒河江市 葉山に鎮座する白磐神社が比定社ということであるが、
秋田県仙北市にも同様な由緒を持つ神社が存在する。

角館町白岩に鎮座する神明社。こちらの合祀されている稲荷神社が白磐神であるという。
資料が少ないので、何かしら残っていないものか宮司様に問い合わせるが
これといったものは残っておらず、合祀前の旧社地も具体的には分からないとのことであった。
郷土史を国会図書館で調べるしかないかと、お礼を述べて電話を切る。

当日は、秋田市街に滞在していたこともあり
参拝と、社殿の写真を撮影する為に神明社へ移動する。

写真を撮っていると、一台の車。
「先ほど電話で由緒を尋ねられた方ですか?」と。
特に約束もお願いもしていなかったが、稲荷神社の旧社地を調べてくださっていたとのこと。
ご自身も宮司職を継いだばかりで、神社の由緒を改めて勉強しようと思っていらしたようで
今回の問い合わせを「いい機会」と、総代の方々にも問い合わせ、実際に旧社地にも
訪ねてこられたとのことであった。

昇殿参拝させて頂いて、上述のお話を伺い旧社地の地図と由緒書を頂き退去する。
(御朱印の有無は、聞いていませんでした。。。)
※2014.4末確認。「対応されていないそうです。」


御厚意に改めて感謝申し上げます。



写真
 ・社頭
 ・拝殿
 ・稲荷神社(旧地)
1381031920-1.jpeg 1381031920-2.jpeg 1381031920-3.jpeg
報告デース ( No.41 )
日時: 2013/09/23 19:24:19
名前: あず  ID: gGmh5JOY
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

ご報告です〜。これで宮城県内陸北部の式内社はある程度埋まったかなぁ

新田郡 子松神社
大崎八幡神社(大崎市田尻八幡御殿坂)
御朱印:あり
駐車場:あり


栗原郡 志波姫神社 名神大
志波姫神社(栗原市高清水)
御朱印:あり
駐車場:あり(宮司さんのお話では、西側のコミュニティセンター駐車でいいそうです)
特記:
  本務 八坂神社


栗原郡 遠流志別石神社
遠流志別石神社(登米市石越町)
御朱印:あり
駐車場:あり(社殿東側の道路そばに2台ほど停めるスペース有り)
 ※以前は本務社でしたが、
  現在は宮城県登米市中田町浅水字長谷山の白山神社の兼務社になっています。
  白山神社も御朱印を頂けました。

報告でーす ( No.40 )
日時: 2013/09/05 01:04:34
名前: あず  ID: l./GOjQI
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 2回   【名前】 あず  【最終日時】 2013/09/06 22:38:29

報告です。すんません

栗原郡 表刀神社
表刀神社(宮城県栗原市築館字成田)
御朱印:あり
駐車場:あり(境内わきの空き地)
 本務 皇大神社(栗原市築館字下宮野館1)
※宮司さんは兼業の方らしいので、事前連絡した方がいいかもしれません。

栗原郡 和我神社
和我神社(栗原市築館)
御朱印:なし(御朱印はないそうですが、御厚意で墨書をいただきました)
駐車場:あり
特記:
 本務 鹿嶋神社(宮城県栗原市志波姫堀口宮中84)

栗原郡 香取御兒神社
黒瀬鹿嶋神社に合祀(宮城県栗原市築館字黒瀬後畑64)
御朱印:なし
駐車場:なし
特記:
 本務 鹿嶋神社(宮城県栗原市志波姫堀口宮中84)

栗原郡 雄鋭神社
雄鋭神社(栗原市栗駒稲屋敷)
御朱印:なし
駐車場:あり
 本務 八幡神社(宮城県栗原市栗駒中野若宮山1)
※お守りや御札はあるそうです。

志波姫神社(栗原市志波姫)
御朱印:あり
駐車場:あり
 本務 八坂神社(栗原市志波姫梅崎北郷小糠塚1)
※八坂神社・志波姫神社の宮司さんのお宅は、東北新幹線くりこま高原駅の東の
 志波姫北郷桃崎地区にあります。事前連絡するといいかもしれません。

栗原郡 駒形根神社
駒形根神社(栗原市栗駒沼倉)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:
 栗駒山山頂に奥宮
※2013年9月現在、神社に電話したところ、神職さんは平日は他のお仕事をされているので、
 事前連絡して聞いてみるか、書き置きをお願いしておくといいかもしれません。自分は墨書なしの御朱印だけ頂戴しました。

---

とりあえずこんな感じです。栗原郡は残すは遠流志別石神社のみですね…。

あと、鹿島苗裔神について築館の鹿島神社(和我神社・香取御子神社論社の黒瀬鹿島神社兼務)に聞いてみたんですが
やっぱり合祀やら「神社の名称=祭神と」は限らないため、かなり分からなくなっているんじゃないかと情報をいただきました(´・ω・`)
ご報告でーす ( No.39 )
日時: 2013/07/17 00:33:40
名前: あず  ID: 2lCGhWJs
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 あず  【最終日時】 2013/07/17 00:35:00

御津垣さんが参拝されたときは、おそらく今の宮司さんのお父様が宮司をされていた頃だと思います。
その頃は御朱印自体やってなくて、現在の宮司さんになってから御朱印の授与が始まったみたいですね。
もし今度いらっしゃる場合は、事前連絡をしてからのほうがいいかもしれないです。

宮司さんも「もし御朱印が頂きたい場合は、事前連絡をいただければ確実だと伝えてください!」とのことでした。

敷玉早御玉神社、自分も初参拝だったので、羽黒神社の方に車で境内に行けるか聞きました。
「細〜い道なので、お寺の隣の空き地に停めるといいですよ」と言われたので、安全な空き地の方に止めました(;´∀`)
神社の隣が農家のハウスだったので、軽トラ並の車だったら余裕そうですが、ランクルとかは迷わず空き地に止めたほうがいいレベルでしたね


そういえば、敷玉早御玉神社の参道入口に「奥州一百座神社」という梵字が刻まれている石碑がありました。
奥州百座の式内社を表した石碑だと思うんですが、珍しいですよね、こういう石碑。
1373988820-1.jpeg
ご報告でーす ( No.38 )
日時: 2013/07/16 17:50:58
名前: 御津垣  ID: piRUOaOM

改めて、コメント有難うございます。

子松神社は、2010年6月に参拝しているのですが、
神職さんが留守で拝受できませんでした。
その後機会もなく、羨ましいかぎりです。


敷玉早御玉神社も同日に参拝しましたが、
なんかそのまま参道に突入して境内に駐車したような。。。



No.37に対しての引用返信です。
>リスト追加ありがとうございます( ´∀`)
>mixiの方にも書きましたが、こっちにも細かいことを投稿しておきます!
>
>新田郡 子松神社
>子松神社(大崎市古川新田)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:宮司さんは他の仕事をされているため、事前連絡していただければ嬉しいとのことでした。
>(ちなみに、宮司さんのお話では、御朱印はヨルカさんが2人めの授与、自分が20人目という激レア御朱印だそうです)
>
>賀美郡 賀美石神社
>賀美石神社(加美郡加美町)
>御朱印:なし(2013-07-13に電話で確認しました)
>駐車場:なし(近くの根岸集会場に駐車可)
>特記:参道脇に社殿前まで行く車道がありますが、かなりキツイ坂道なので車で行くのはおすすめしません
> 旧社地:宮城県加美郡加美町谷地森の新石神地区の東側道路沿いに説明柱あり(東西に細長い野原が旧社地です)
>         グーグルマップ:http://urx.nu/4xMB
>    本務 伊達神社
>
>志太郡 敷玉早御玉神社
>敷玉早御玉神社(大崎市古川)
>御朱印:なし(の可能性高)
>駐車場:なし
>特記:駐車場は社地西側にあるお寺のそばの空き地に止められます
>  本務 羽黒神社(宮城県大崎市古川下中目字古河)
>
>柴田郡 大高山神社 名神大
>大高山神社(柴田郡大河原町)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:元は宮城県柴田郡大河原町金ケ瀬新開地区の新幹線線路付近に社地。
>    元禄の火災で社殿焼失後に遷座した金ケ瀬新開126番地に旧社地・社殿あり
>
>苅田郡 苅田嶺神社 名神大
>刈田嶺神社(刈田郡蔵王町宮)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:青麻山山頂に奥宮あり 
ご報告でーす ( No.37 )
日時: 2013/07/13 11:31:53
名前: あず  ID: a0LZMK9k
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 あず  【最終日時】 2013/07/15 00:26:50

リスト追加ありがとうございます( ´∀`)
mixiの方にも書きましたが、こっちにも細かいことを投稿しておきます!

新田郡 子松神社
子松神社(大崎市古川新田)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:宮司さんは他の仕事をされているため、事前連絡していただければ嬉しいとのことでした。
(ちなみに、宮司さんのお話では、御朱印はヨルカさんが2人めの授与、自分が20人目という激レア御朱印だそうです)

賀美郡 賀美石神社
賀美石神社(加美郡加美町)
御朱印:なし(2013-07-13に電話で確認しました)
駐車場:なし(近くの根岸集会場に駐車可)
特記:参道脇に社殿前まで行く車道がありますが、かなりキツイ坂道なので車で行くのはおすすめしません
旧社地:宮城県加美郡加美町谷地森の新石神地区の東側道路沿いに説明柱あり(東西に細長い野原が旧社地です)
         グーグルマップ:http://urx.nu/4xMB
    本務 伊達神社

志太郡 敷玉早御玉神社
敷玉早御玉神社(大崎市古川)
御朱印:なし(の可能性高)
駐車場:なし
特記:駐車場は社地西側にあるお寺のそばの空き地に止められます
  本務 羽黒神社(宮城県大崎市古川下中目字古河)

柴田郡 大高山神社 名神大
大高山神社(柴田郡大河原町)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:元は宮城県柴田郡大河原町金ケ瀬新開地区の新幹線線路付近に社地。
    元禄の火災で社殿焼失後に遷座した金ケ瀬新開126番地に旧社地・社殿あり

苅田郡 苅田嶺神社 名神大
刈田嶺神社(刈田郡蔵王町宮)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:青麻山山頂に奥宮あり 
ご報告です ( No.36 )
日時: 2013/01/08 01:47:10
名前: あず  ID: S2gG0Pbg
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

mixiでも書き込みいたしましたが、一応こちらでもご報告いたします( ´∀`)
と思ったら、御津垣さんが訂正していただいてたッッ!


行方郡 御刀神社
御刀神社(南相馬市鹿島区)
御朱印:あり※要連絡
駐車場:あり
特記:
  本務 伊勢大御神下大神宮(鹿島区南柚木水神下)
  神職さんがいる祭典の日に連絡して頂戴するのが一番いいと思われます。

---

多珂神社なんですが、今度禰宜さんが神社へ来られるのが
2月27日の祈年祭だそうなので、その時がいいかもしれません。

ちなみに、多珂神社は古式に則り祭典を催行しているので、
よくある「祭典日に近い日曜日に祭りを行う」ということがないんだそうです。
例祭日が平日でも祭典をしているそうなので、御朱印をいただく際は
禰宜さんが神社に来ている祭典日前日などに多珂神社へ電話しておくといいと思います。

多珂神社の例祭日は、いただいた栞によりますと、
・1月1日〜2日:初詣り、新年大祈祷執行
・2月27日:祈年祭
・4月18日:例大祭
・6月30日:大祓
・10月18日:秋祭、新穀感謝祭
となっています。

多珂神社の紙神札なんですが、昔の形を残す珍しいものだそうで、
博物館にも展示されているそうです!
三種類いただいたんですが、諸難避けの御札には内符に神代文字が
書かれていたりと奥が深いです…。
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霊山朝日嶽神社 ( No.35 )
日時: 2012/12/19 10:16:39
名前: 御津垣  ID: vJ9HpT5U

霊山朝日嶽神社
【御祭神】天照大日霊貴尊、建御名方命
【祭祀】 例祭 7月21日(7月第一日曜日開山祭)
【鎮座地】西村山郡朝日町立木字朝日嶽1039−1
【旧社格】無格社



−由緒(山形県神社誌より)−
 朝日岩上由来記によれば、白鳳年中役の小角開山。清和天皇より
貞観十二年従五位下の勅宣を受け明治十年里見・清野両神職、鳥原山に
朝日嶽神社を復興する。

 ※須波神  貞観十二年(870)八月廿八日戊申 日本三代実録



写真
 ・鳥原小屋と里宮
 ・里宮内部
 ・奥宮
1355879799-1.jpeg 1355879799-2.jpeg 1355879799-3.jpeg
早池峰神社(大迫岳)御朱印 ( No.34 )
日時: 2012/12/01 04:21:18
名前: 御津垣  ID: sGReCzR.

No.33に対しての引用返信です。
>>御津垣さん
>> 兼務社(本務 田中神社)
>
> え、そうだったんですか?
> 田中神社には行きましたが、それこそ だぁ〜れも居ませんでした。
> 規模的にも早池峰神社の方が大きかったような気がしましたが?

すいません、出かけるので簡単に。
こちらにそのように記載がありますので、
間違いがなければ本務は田中神社と思います。

田中神社の由緒が、自身に深く関与しているだけではなく、
住むに便利な方を本務としているのかもしれませんね。

http://www.ganshinsei.jp/hanamakishi/hanamakishi.html
早池峰神社(大迫岳)御朱印 ( No.33 )
日時: 2012/12/01 00:45:21
名前: 赤城おろし  ID: vI7rSMBA
編集: 【回数】 2回   【名前】 赤城おろし  【最終日時】 2012/12/01 07:21:02

>御津垣さん
> 兼務社(本務 田中神社)

 え、そうだったんですか?
 田中神社には行きましたが、それこそ だぁ〜れも居ませんでした。
 規模的にも早池峰神社の方が大きかったような気がしました。
 あと、No.30の書き込みで「殆どの「早池峰神社」に行ってますが」とありますが、正確には「「早池峰神社」を含む、
花巻・遠野の殆どの瀬織津姫祭祠社に行ってますが」となります。

 御津垣さんから氷上神社(の御朱印)の紹介がありましたので、私も新山神社(江刺区稲瀬)の御朱印をば
 宮司さんの奥さんが「花が好き」とかで、多くの花々に囲まれた気持ちの良い神社です。
1354290321-s1.jpeg
早池峰神社(大迫岳)御朱印 ( No.32 )
日時: 2012/12/01 00:06:21
名前: 御津垣  ID: sGReCzR.
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/12/01 00:11:57

こちらは兼務社(本務 田中神社)。
宮司宅は結構遠いらしいです。

事前連絡するのがよいと思いますが、
早池峰神社社務所だと、大体不在です。
登山シーズン中の土日とか、8/1の例祭(早池峰神楽で有名)なら間違いないでしょう。

田中神社側に連絡するのがベターですね。


それと、2009年だと神社付近はドコモの携帯は繋がりませんでした。
今は分かりませんが、一応情報まで。


早池峰神社のとなりは、陸前高田の氷上神社。
1354287981-1.jpeg
早池峰神社(附馬牛町)御朱印 ( No.31 )
日時: 2012/11/30 01:07:34
名前:   ID: Yiyfcg8.

赤城おろしさん

 遠野の早池峰神社、御朱印あったんですね。いずれにせよ、常駐ではなく要連絡なのでハードルは高そうです。

 友人から花巻温泉を勧められているので、今度機会を作って、岩手を再訪したいと思います。
早池峰神社(附馬牛町)御朱印 ( No.30 )
日時: 2012/11/27 23:56:22
名前: 赤城おろし  ID: kmfyRtSc
編集: 【回数】 2回   【名前】 赤城おろし  【最終日時】 2012/11/30 08:26:21

 本務社ですが宮司さんは別所にお住まいなので、連絡して来てもらって社務所での授与となります。
 一応、殆どの「早池峰神社」に行ってますが、頂けたのは(と言うか、連絡付けられたのは)此処だけでした。
1354028182-1.jpeg
駒形神社(奥宮)御朱印 ( No.29 )
日時: 2012/11/27 10:14:36
名前: 御津垣  ID: F4Na.lfs
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2013/08/02 22:05:15

訂正 20130126


No.28に対しての引用返信です。
>御津垣様
>
> 駒形神社は里宮で常時拝受可でしょうか?折角なので、奥宮にも登拝してみたいです。

おはようございます。
里宮というのは水沢の駒形神社でよろしいでしょうか?
こちらの駒形神社であれば、奥宮に登拝したという
写真を見せることで御朱印を分けて頂けます。

金ヶ崎の里宮(中宮)は、御朱印はありません。
同様に、北上市岩崎の里宮も御朱印はありません。


※2013/8/2修正
 金ヶ崎側は、御朱印を拝受できるようになったようです。
 印だけになるかもしれません。


> 早池峰神社は里宮も情報少ないです。
> 遠野の早池峰神社とか無理っぽいですかね〜。

遠野も花巻も早池峰神社さんは、奥宮は分かりませんが
御朱印はあります。


『岩手県神道青年会』のページには各神社の
連絡先が書いてあるので便利ですよ。
駒形神社(奥宮)御朱印 ( No.28 )
日時: 2012/11/27 00:53:18
名前:   ID: cXEtQnV.

御津垣様

 駒形神社は里宮で常時拝受可でしょうか?折角なので、奥宮にも登拝してみたいです。

 早池峰神社は里宮も情報少ないです。
 遠野の早池峰神社とか無理っぽいですかね〜。
駒形神社(奥宮)御朱印 ( No.27 )
日時: 2012/11/25 11:22:10
名前: 御津垣  ID: HzJ5YSI2

No.26に対しての引用返信です。
>駒形神社、奥宮の御朱印もはじめられたんですね〜
>来年夏にでも登拝してきたいです。

こんにちは。
8/1の登拝祭参加時には、『奥宮登拝祭』の印も
付くようですよ。

一年に一回しか機会がないので
どのくらいの人が授与を希望されるか不明ですが。。。


>頂上の奥宮に御朱印がある神社は、かなり廻ったつもりですが、飯豊山と早池峰山についてはなかなか情報がなくてわからないです。

飯豊山はまだ伺ってない(というより、簡単に行けない)ので
なんとも言えませんが、
早池峰山は、多分ですが「ない」と思います。

遠野は遠すぎるし、花巻はシーズンの土日くらいしか
神社にいらっしゃらないので。

あくまで推測です。m(_ _)m
駒形神社(奥宮)御朱印 ( No.26 )
日時: 2012/11/25 00:18:56
名前:   ID: ozmFP6uo

駒形神社、奥宮の御朱印もはじめられたんですね〜
来年夏にでも登拝してきたいです。

頂上の奥宮に御朱印がある神社は、かなり廻ったつもりですが、飯豊山と早池峰山についてはなかなか情報がなくてわからないです。
駒形神社(奥宮)御朱印 ( No.25 )
日時: 2012/11/23 16:13:43
名前: 御津垣  ID: .yeNFMKI
編集: 【回数】 1回   【名前】 神楽  【最終日時】 2012/12/25 14:46:46

これが今年最後の焼石駒ケ岳と登拝してきました。
上賽の河原を越えたあたりから雪が目立ち始め
頂上には2cmくらいの積雪がありました。

曇天ではありましたが、幸いガスってはおらず
経塚山を含め焼石連峰、振り返れば早池峰、五葉山まで
はっきりと見ることができました。

頂上は、風が強く非常に寒い。
完全防備はしておりますが、一刻もはやく退散したい気分です。

さて、奥宮ですが、そんな状況下でもちゃんとお参りはしています(汗)
奥宮の社殿、北に面する側面にはうっすらと雪が張り付いておりました。
冬季の厳しい情景が浮かぶようです。

午後から天気は下り坂。雨が降り出す前に下山します。
猛烈な低気圧が接近しているので、ここも明日には完全な雪山でしょう。
(翌日は低気圧からの強風。一瞬の晴れ間から見たお山は、雪化粧が完了してました)


下山途中、小雨に振られたが無事に車にたどり着く。

----------------------
その後、金ヶ崎町の永栄地区に向かい石碑調査(詳細は別途)。
そして、『スパおあご』が休館ゆえ、ちょっと遠い『ひめかゆ』で湯につかる。
----------------------

水沢の駒形神社に到着したときには、夕方も遅い時間となっていた。
奥宮に登拝されている方で、
「登拝 駒形神社奥宮」と御朱印を分けてもらっている方を見ていたので、
折角なので自分もとお願いをする。

見開きで本社、奥宮の御朱印を分けてもらう。
戻ってきた帳面には見知らぬ印がある。
前から、奥宮の印について問い合わせが多いとは伺っていたが対応されたようだ。
同時に8/1に催行される『奥宮登拝祭』印も用意されていた。
需要はそれほど多くはないであろう。なにせ一年に一回しか授与されないものだ。


これからは雪山シーズン。
素人は、登山口にさえたどり着けない状況となる。
登拝をとお考えの方々には、5月末まで待たれることを勧めたい。


水沢本社の境内社「山神社」裏の『遥拝所碑』にて、
かつてを偲ぶのもこれからの季節にはいいかもしれません。
1353654823-s1.jpeg 1353654823-s2.jpeg
水晶山神社 ( No.24 )
日時: 2012/11/07 18:33:44
名前: 御津垣  ID: efHGXOkE
編集: 【回数】 3回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/12/07 21:04:35

水晶山神社
【御祭神】大物主命、大国魂命
【祭祀】 例祭 4月8日
【鎮座地】天童市川原子字水晶山1
【旧社格】郷社
【駐車場】あり


−由緒(山形県神社誌より)−
 社記によれば「太古大国主神、蝦夷征伐のために東下の際、
 最上湖水洋々たるを見給い、大いに御心にかない屯営を水晶山に選定し、
 悉く四方の夷狄を征服し給い神蹟なるを以て大神の新魂を鎮め奉りし神社なり」
 と伝えられるが創立年代詳かでない。
 中世になって山岳修験が盛んになるにつれてこの水晶山も修験の山として
 かなり盛況を呈したと思われる。
 現在太い石柱だけが残っている谷地中の石鳥居は水晶山信仰の名残りである。
 その後、神仏を混淆して山麓に真義言宗玉虫山大和寺を建立し、
 十一面観世音、蔵王権現を合祀、天正年間山形城主最上家の領地となる。
 最上義光は山形大黒山宝憧寺を別当職に任じてこの大和寺を廃するに至る。
 慶安年間山形城主松平下総守忠弘は社地として五、四三〇坪の寄進を行う。
 明治十二年八月十二日郷社に列せられる。


−水晶山に関わる略年表(山口地域づくり委員会『水晶山に親しむ部会』)−
  702年 大宝2年
      役行者が水晶山を開山(伝承)

  708年 和銅元年
      行基菩薩が若松寺を開山

  860年 貞観2年
      慈覚大師(円仁)が立石寺を開山

  867年 貞観9年
      朝廷が出羽国の霊山寺を定額寺に指定(水晶山が有力)
      水晶山の霊山寺には三堂一院(東堂・中堂・西堂・別院)があったと
      みられる。

  871年 貞観13年4月3日
      出羽国利神(水晶山大和神社)従五位下を授く

  875年 貞観17年
      大和寺(東根市猪野沢)建立

 1192年 このころ谷地中の石鳥居が建てられる。

 1584年 天正12年
      最上義光と天童頼久の合戦、天童氏敗北。
      最上氏は天童に愛宕神社を建立し宝憧寺(山形)を別当寺とする。
      水晶山は宝憧寺領となる。

 1792年 寛政4年
      水晶山に山姥一体が建立される

 1798年 寛政10年
      二体目の山姥が建てられる。

 1817年 文化14年
      二神仏の石塔(水晶山蔵王大権現・十一面観音)建立。

 1868年 明治元年
      神仏分離令発布により廃仏棄釈運動おこり、仏像等散逸。

 1913年 大正2年
      水晶山参道並木の大杉払い下げ伐採

 1915年 大正4年
      杉の払い下げ記念として鳥居を建立(水晶山案内板脇)

 1953年 昭和28年
      大和神社と水精山神社が合併、水晶山神社となる。
 



写真
 ・水晶山案内板脇の鳥居
 ・拝殿
 ・本殿(「奥の院」と呼ばれている)
1352280824-1.jpeg 1352280824-2.jpeg 1352280824-3.jpeg
行方8社の相馬太田神社兼務社について ( No.23 )
日時: 2012/11/04 18:31:43
名前: あず  ID: XGPSpRME
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

行方8社は厳しいですなあ

行方郡 高座神社
高座神社(南相馬市原町区)
御朱印:なし
駐車場:あり(境内前に1台ほど)
特記:民家の前を通る道の奥に鎮座、分かりづらいので注意。
  本務 相馬太田神社


行方郡 日祭神社
日祭神社(南相馬市原町区)
御朱印:なし
駐車場:あり(境内に1台ほど)
特記:
  本務 相馬太田神社

行方郡 冠嶺神社
冠嶺神社(南相馬市原町区)
御朱印:なし
駐車場:なし
特記:常磐道南相馬ICそばの山の中腹に鎮座、社殿までひたすら階段を登る
  本務 相馬太田神社

行方郡 押雄神社
押雄神社(南相馬市原町区)
御朱印:なし
駐車場:なし
特記:
  原町区押釜に古社地(石碑)
  本務 相馬太田神社
小掠賣神社 ( No.22 )
日時: 2012/10/21 18:09:37
名前: 御津垣  ID: efHGXOkE
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/12/07 21:23:19

小掠賣神社(おしめじんじゃ)
【御祭神】小椋賣命、大山祇命
【祭祀】 例祭 5月11日
【鎮座地】酒田市楯山字大村山12−2
【旧社格】村社
【駐車場】あり
【御朱印】未確認
【本務】 玉池神社


祭神の小椋賣命は、
『日本三代実録』巻二十四 貞観十五(873)年六月廿六日己未
において、以下のような記載がある。
-------------------------------------------------------------------
節婦出羽國飽海郡人伴部小椋賣。伉儷亡後。廬於墓側。爲尼持戒。苦行精進。
叙位二階。免同戸租。旌表門閭。
-------------------------------------------------------------------


−由緒(山形県神社誌より)−
六国史で日本史上貴重なる文献とされている三代実録に、
小掠賣神社について次の様に記述されている。
小掠賣神は本朝烈女伝に伴代の女とあり、霊峰胎蔵山の麓楯山に嫁いで
幾ばくもなく夫が亡くなり、親族が再嫁を勧めるが節を守って、遂に髪を落として
尼になり、夫の墓の側に蘆して持戒精進する。
その事が遠く京都に聞こえて、貞観十五年にその貞節を称えて位二階を賜わる。
そして家の租税を免じて、善行を村の入口に掲示する。
小掠賣没後のこの様なすばらしい御徳を愈称えようと、
村の父老相はかって祠堂を建て、木像をおさめて崇め祀ったと伝える。
社は以前、御堂の瀧付近にあったらしく、その後享保十八年平田元に遷され、
明治四十一年現在地に遷座、昭和四十六年社殿を新築する。
小掠賣神が胡麻を絶って願をかけたといういわれから、この地区では胡麻を植えず、
これを植えると不吉な事があると語り伝えられている。



酒田市楯山に鎮座する。
近くの工場で場所を聞いたが分からないようであった。
あまり地元の人に知られていないのか?
何度も迷った。

「楯山川を上流方面に見て右側」にあると覚えておけばいいだろう。
広い道が左に90度に折れる場所で、まっすぐ狭い道に入ればよい。


社号標には「国史見在社」とある。
当時は実在の人だったのだから厳密には違うと思うのだが。。。
社殿にはネットが張ってある。鳥よけであろうか?



以下サイトも参照されるとよいかもしれません。
サイト名『酒田市楯山だ!』
http://www.ic-net.or.jp/home/hirotosi/index.html
  平田町楯山→楯山の歴史【小掠賣様の由来】
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内神駒形神社(駒ケ岳遥拝所) ( No.21 )
日時: 2012/10/20 10:17:19
名前: 御津垣  ID: .xsUARYA

内神駒形神社
【御祭神】馬頭観音
【鎮座地】奥州市水沢区



金ヶ崎の奥にある駒ケ岳に鎮座している
陸中国一の宮駒形神社の遥拝所として、横町の人々が分祀を願い出
勧請したものです。

水沢城主(留守家)から寄進地の一つとして、毎年祭祀料を受けていた
由緒ある神社です。

古くは城下六町の一つ横町一統の鎮座の神として祀られていました。

明治三十六年(1903)に駒形神社が水沢公園に遷座してからは、
辻山家の屋敷神のようになりました。

今も人々から「お駒さん」の名で信仰され、病気平癒などを願って
奉納された絵馬も多くあります。

祭神として馬頭観音が祀られています。

     水沢市


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ご報告です! ( No.20 )
日時: 2012/10/12 12:22:47
名前: あず  ID: onOZTyhY
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

おつかれさまです。訂正情報です。

曰理郡 鹿嶋天足和氣神社
鹿島天足和気神社(亘理郡亘理町)
御朱印:あり
駐車場:あり(鳥居前に1〜2台、)
特記:
  そばの都市公園に駐車。
  境内に鹿嶋緒名太神社・鹿嶋伊都乃比氣神社の石碑あり。
  近くの八雲神社境内に三門山鎮座当時の石祠あり。

今日、宮司さんとお話してきたら、御朱印ありということでしたので頂きました!
地元の式内社3社でもらえたのは幸運の極みです( ´∀`)
ご報告です! ( No.19 )
日時: 2012/10/09 08:20:08
名前: 御津垣  ID: GPX1quVA

あずさん


有難うございます。
リストを修正致しました。
http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?mode=view&now=9&no=72


No.18に対しての引用返信です。
>ご報告です!
>
>玉造郡 荒雄川神社
>荒雄川神社(大崎市鳴子温泉)
>御朱印:あり
>駐車場:あり(社殿前に少しあり)
>特記:
>  通称 荒雄山神社奥宮
>
>玉造郡 温泉石神社
>温泉石神社(大崎市鳴子温泉)
>御朱印:あり
>駐車場:なし(近くに空き地あり)
>特記:
>  本務 荒雄川神社奥宮
>
>荒雄川神社奥宮・温泉石神社を兼務する宮司さんのお宅は川渡温泉にあるので、
>いただく際は電話で事前連絡してみたほうがいいかもしれません。
>
>宮司さんのお宅は、以前は鬼首の荒雄川神社嶽宮のそばにあったそうですが、
>鳴子ダムをつくるために現在地に引っ越して、昔の家の場所はダムのそこにあるんだそうです(´・ω・`)
>自宅からは荒雄川神社へ向かうには距離があるので、冬場の奉職が大変だと仰ってましたねぇ…。
ご報告です! ( No.18 )
日時: 2012/10/04 15:55:08
名前: あず  ID: ADFe0hyY
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 あず  【最終日時】 2012/10/08 00:28:32

ご報告です!

玉造郡 荒雄川神社
荒雄川神社(大崎市鳴子温泉)
御朱印:あり
駐車場:あり(社殿前に少しあり)
特記:
  通称 荒雄山神社奥宮

玉造郡 温泉石神社
温泉石神社(大崎市鳴子温泉)
御朱印:あり
駐車場:なし(近くに空き地あり)
特記:
  本務 荒雄川神社奥宮

荒雄川神社奥宮・温泉石神社を兼務する宮司さんのお宅は川渡温泉にあるので、
いただく際は電話で事前連絡してみたほうがいいかもしれません。

宮司さんのお宅は、以前は鬼首の荒雄川神社嶽宮のそばにあったそうですが、
鳴子ダムをつくるために現在地に引っ越して、昔の家の場所はダムのそこにあるんだそうです(´・ω・`)
自宅からは荒雄川神社へ向かうには距離があるので、冬場の奉職が大変だと仰ってましたねぇ…。
岩手県神社庁気仙支部 御朱印帳 ( No.17 )
日時: 2012/09/16 23:16:11
名前: 御津垣  ID: pnae01jE
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/09/19 16:29:52

そうですね。
鹿島灘に漂着した神札(「諏訪大明神祈祷神璽」)を預かり
鹿島神宮社務所で一旦保管し、その後諏訪大社に移されて保管。
京都の平野神社宮司が、ボランティアで訪れていた
月山神社の禰宜さんとの話から判明、鹿島神宮に連絡して
諏訪大社から返却でしたよね。

すごく名だたる大社が絡んでいます。

月山神社では、多くの方が参篭所に避難され、
諏訪神社宮司の奥さんも陣頭に立たれて動かれていたようです。

宮司さんは車で移動中に津波に巻き込まれてしまったらしいです。
大変残念なことです。


No.16に対しての引用返信です。
>気仙町の諏訪神社は、たしか不思議なご縁で鹿島神宮そばの海岸に諏訪神社の神璽が流れ着いたという話があった神社ですね。
>宮司さん、亡くなられていいたんですねぇ…。
岩手県神社庁気仙支部 御朱印帳 ( No.16 )
日時: 2012/09/16 22:51:22
名前: あず  ID: tPxI3N/6
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

気仙町の諏訪神社は、たしか不思議なご縁で鹿島神宮そばの海岸に諏訪神社の神璽が流れ着いたという話があった神社ですね。
宮司さん、亡くなられていいたんですねぇ…。
岩手県神社庁気仙支部 御朱印帳 ( No.15 )
日時: 2012/09/16 19:22:45
名前: 御津垣  ID: 5r.OrKtU
編集: 【回数】 8回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2013/10/17 12:56:02

最近、切り倒されて保存作業に入ったことで話題の
陸前高田市 高田松原「奇跡の一本松」。
市は保存作業費用の寄付金を募っている。

陸前高田には、昨年5月以来の再訪である。
瓦礫の類は、すでに撤去されている。
更地と化している市街地に人の姿を認めることは稀である。

しかしながら、かつて市街の中心であった場所で、
上半身裸の男性が一人、一心に鍬を振っていた。
それが何を目的とする行為なのかは自分には分からない。
ただ、気安く語りかけることができない空気があった。


気仙川沿いに移転したボランティアセンターには、バスが多数停車している。
ボランティアの方々が、スコップなどの機材を持って現場に向かう。
まだまだ、こちらでは多くの支援が必要なようだ。

以前 自分がボランティアに従事していた南相馬では、
すでに力技でなんとかなるボランティアから、
メンタルケア系のボランティアに方針が変わっていて、
自分のできるボランティアは終わったと勝手に思っていた。
恥ずかしい限りである(ただ、伺うには少々遠いのだm(_ _)m)。

ちなみに調べてみたところ、
関東発のボランティアツアーというものは多数あるようである。


いつも通りに氷上神社に参拝する。
一年ぶりであったが、宮司さんも奥さんも元気でいらっしゃった。
(昨夜の地震で、一旦起きたということで眠そうであったが)
お茶をご馳走になる。
まだまだ仕事がないので復興というには程遠いとのことらしい。
ボランティアとして実務だけではなく、消費による経済貢献が必要なのだろう。
こちらに来る機会は少ないので、できる限りお金を使っていこう。
その後、授与品が届いて忙しくなったようなのでお暇することにした。


気仙町の月山神社に向かう。
権禰宜さんは、先々代の岩手県青年神道会会長。
(先代は、駒形神社の宮司さん)


こちらの宮司さんは、昨日 住田の五葉山神社で入手した御朱印帳
-------------------------------------
 岩手県神社庁気仙支部
 ◇鎮守 三十五社詣り 御朱印帳
-------------------------------------
を考案した方らしい。
御朱印、スタンプ台、朱印帳、それらの入れ物をセットにして
支部より各神社 三十五社に配ったという。

目的としては、地元への啓蒙活動だったようだ。
年に数回、氏子さんを募って、数社を正式参拝をしていたという。
いいアイデアだ!?地元でもやらないかな〜。
知らないところも多いし。

宮司さんは不在でしたが、権禰宜さんに対応してもらい、
上のようなことをお聞きした。
ただ、この朱印帳を久しぶりに見たのか、
どこで分けてもらったのか、どこから来たのかなど質問もされた。
関東からには驚いていたようである。
すいません。ボランティアではないのです

「久しぶり」ということや、「らしい」という文字が多いが、
実はこの御朱印は、大震災の一年前に始まったものらしく
震災によって社殿や御朱印を流出してしまっただけならともかく、
神職やその家族まで犠牲になっていたので、
自分のようにこの御朱印帳を持って巡拝にくる者は
皆無だったのではないだろうか?
いや、神社だけに限って語るのは失礼だろう。
まだまだ、誰もそのような余裕はないのであろう。

近くでは、諏訪神社宮司さんは津波の犠牲となられたそうだ。
山頂の社殿を除いて、社務所・斎館・自宅は流出している。
月山神社の兼務社 今泉天満宮の社殿と御朱印は流出。
伺ってみたが、枯れた杉の大木と注連縄がかつて社殿があったことを示していた。

また、別の兼務 鹿島神社は、仮設住宅地にあり参拝は難しいらしい。
(御朱印は月山神社で保管していて無事だった)

他にも知らないだけで、そのようなことがあるのかも知れない。
機会はそうはないだろうが、
鎮魂と復興を祈願して再度 この地でこの御朱印帳を持って
巡拝してみようと思う。

そして、そのような余裕が、地元にいる方々に
一刻もはやく戻ることを祈りたい。


☆陸前高田市 十八社
 ○高田町   氷上神社   この御朱印帳用の御朱印があるか未確認
 △高田町   天照御祖神社 未確認
 ×気仙町   諏訪神社   御朱印流出
 ○気仙町   月山神社
 ○気仙町   鹿島神社   月山神社にて、鹿島神社参拝不可。
 ×気仙町   今泉天満宮  社殿・御朱印流出
 △矢作町   天照御祖神社 社殿・社務所無事。神職不在で未確認
 ○竹駒町   竹駒神社
 ○横田町   熊野神社   参道階段使用不可
 ○横田町   山神社    参道脇の役員宅で授与
 △米崎町   天照御祖神社 未参拝
 △米崎町   秋葉神社   未参拝
 △小友町   八幡神社   未参拝
 △小友町   蛇ヶ崎神社  未参拝
 △小友町   宮崎神社   未参拝
 △小友町   白山神社   未参拝
 △小友町   熊野神社   未参拝
 △広田町   黒崎神社   未参拝

☆大船渡市 十三社
 ○盛町    天照御祖神社
 △大船渡町  加茂神社   未確認
 △日頃市町  五葉山神社  社殿・社務所無事。神職不在で未確認
 △尾崎町   尾崎神社   未参拝
 ○猪川町   天照御祖神社 無人。盛町天照御祖神社兼務。祭事時に授与可。
 △立根町   五葉神社   社殿修繕済み。専用御朱印は行方不明。
 △末崎町神坂 熊野神社   未参拝
 △末崎町中森 熊野神社   未参拝
 △吉浜    新山神社   未参拝
 △越喜来   新山神社   未参拝
 △越喜来   八幡神社   未参拝
 △綾里    天照御祖神社 未参拝
 △綾里    市杵嶋神社  未参拝

☆住田町 四社
 △世田米   天照御祖神社 社殿・社務所無事。神職不在で未確認
 △世田米   立石稲荷神社 未参拝
 △下有住   月山神社   未参拝
 ○上有住   五葉山神社  

写真
 ・専用御朱印セット ※盛町の天照御祖神社の賽銭箱の上に同じ箱あったな〜
 ・御朱印帳
 ・今泉天満宮境内
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五葉山登拝 ( No.14 )
日時: 2012/09/16 17:34:28
名前: 御津垣  ID: pnae01jE
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/09/19 16:34:38

〜五葉山(ごようざん)〜

岩手県住田町、釜石市、大船渡市にまたがり、北上山地では早池峰山に次ぐ高さ。
最も海に近いため、山頂からは三陸のリアス式海岸を一望できる。
南側に広がる準平原とともに五葉山県立自然公園に指定されている。
名の由来は、
阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王の五仏を祀る事からとも、
藩政時代に伊達藩にとって重要な山であったことから「御用山」と呼ばれていたこと
とも言われている。(wikipediaより)


さて、今回の登山の目的は、
式内 衣太手神社の論社である『五葉山神社』への登拝である。

この五葉山神社、少々説明が面倒である。
山頂に近い方には、『日枝神社』が鎮座しており
黒岩に近い方に、『五葉山神社』が鎮座している。
しかしながら、登山道の案内図には、両方ともに『五葉山神社』とある。
地図が間違っているのかというと、そういう訳でもないのである。

というのは。。。
五葉山三社といわれるように複数の神社が関係しているからである。
(1)住田町の五葉山神社。
(2)大船渡市日頃市町の五葉山神社。
(3)大船渡市立根町の五葉神社。

(1)の五葉山神社は、黒岩近くの五葉山神社を本宮としている。
(2)の五葉山神社は、かつて五葉山日枝神社の名称であって、
  現在は五葉山神社と改称している。
  本宮だった『日枝神社』は、奥宮となりそのままの名称で残っている。
  (往古は違う場所にあったようであるが。。。山王神社のところ?)


そんな訳で、必ずしも間違っている訳ではないのである。


五葉山へのアクセスとしては、
住田コース、釜石コース、大船渡コースが選択できる。
今回は、大船渡 赤坂峠からのコースを選択する。
もっとも住田からのアクセスは復旧工事の為に選択はできなかったのだが。

赤坂峠の駐車場には、車が二台停まっていた。
平日ということもあり登山者は少ないようである。
駐車場脇には立派な水洗トイレがある。


登山口には鳥居、五葉山神社の石碑がある。
これは恐らく日頃市町の五葉山神社のものであろう。
登山の安全を祈願して、9:15登山開始。

木々の間を進むと一合目の目印が。
「なぜに登山口ではなく、ここから?」そんな場所である。

三合目「賽の河原」9:45
そうこうしている内に、三合目に到着する。
二合目を見逃したようである。下山時に探そう。

四合目「畳石」10:00
一見の価値がある石。
まるで切り出したようなと、書いてあったが、なるほどである。

畳石の先には、また鳥居がある。
ここからは神域なのだろう。改めて一礼して鳥居をくぐる。
急登の樹林を進む。
姥石神社、山王神社と進み、8合目を過ぎるころには緩やかな道となる。

9合目に近くで、下山者と遭遇。
後で分かったことだが、登山道の整備をしてくださっていた方らしい。
黒岩までの状況を教えて頂いた。有り難いことである。
また、残念な情報「水場は枯れているよ」とも。


「しゃくなげ山荘」11:00
教えてもらった通り、残念なことに水は枯れていた。
ちなみに水は、これでもかというくらい持参していた。
昨日 真昼岳で汲んだ水だ。
では、なぜ残念なのか?
せっかく持ってきた「ハイボール」を冷やせないじゃないですか?

氷上山で味わった贅沢な喉越しよ。もう一度!
そんな気持ちだったのに〜。
すでにモチベーションの9割を失ってしまった。


海からの風がガスを発生させている。
時折、日も差し込むのだが、
写真を撮るにはちょっと待たないといけないだろう。

「日枝神社」11:15
前述の通り日頃市町五葉山神社奥宮である。
右に五葉山頂上。左に黒岩 目的の五葉山神社本宮がある。
日枝神社へ参拝後 熊鈴の音を聞く。
黒岩方面から2人の登山者。赤坂峠の車の1組らしい。

黒岩、特に五葉山神社までの道の状況を再度確認する。
登山道をさっき下山した人が整備していたから大丈夫だよとのコメント。
御礼を述べて、先に五葉山頂上に。


頂上到着11:30
ガスは取れて早池峰が姿を見せる。
自分以外に、人はいない。広い頂上、贅沢に使って大休憩である。
十分に写真を撮ったので、本日の目的地に向かう。


先ほどの日枝神社を越えて黒岩方面に。
季節には、石楠花の花が咲く地帯を歩く。
傾斜は少なく整備もされており大変歩きやすい。


「五葉山神社」12:15
日枝神社から20分程度で、目的の五葉山神社に到着する。
しかしながら、再度のガス発生にて、晴れ間を待つことになる。
参拝後の、晴れ待ちの間に昼食を摂る。
温いハイボールが悲しい。。。

晴れ間を狙って写真を撮り、飯を食べてと結構忙しい。
それでも(温い)ハイボールを飲み終わるころには、
満足したので下山することにした。

下山は、何時か覚えていない。早かった気がするが。
ついでに途中2合目の目印を探して下りたのだが、
まったく見つからなかった。


五葉山温泉で汗を流して、日頃市町の五葉山神社に参拝。
幼稚園の送迎なのか境内には多数の車が。
実は朝方にも立ち寄っていたのだが、状況改善してません。

その後、ちょっと遠いが、住田町の五葉山神社に。
到着する頃には、大分 日も暮れてしまった。
町の里山中腹に五葉山神社拝殿。その上 山頂には八幡神社の本殿。
扁額が出ていないので、どっちが五葉山神社なの?
という感じである。
社務所に電話して、詳しく説明してもらってから参拝。
御朱印を分けてもらいに社務所に向かう。

そこで、見たことない朱印帳を発見。
へ〜、こんなのあるんだと、こちらの帳面も分けてもらう


さあ、明日は早池峰に登るので内陸に戻って早く眠ろう。
この夜中に結構大きい地震を車中であう。



余談:
(3)の五葉神社 総代さんに聞いた話だが、
どうやら衣太手神社には五社あり、衣太手神社五社と呼ばれているようである。
遠野の方で調べている方がいるという。

一つは氷上神社。三つは五葉山神社。
あと一つは五葉山を衣太手神と見立てて釜石側にあるかもしれない口の宮かな〜。
と考えたが、後日Webで調べてみたが違うようである。

正直、余り興味を引かなかった(すいません)が、いづれ火が着くかも知れない。
備忘録として、紹介としてここに記載しておく。


管理人:風琳堂主人
ブログ名:千時千一夜
記事名:遠野郷天女伝説の故地──三陸町綾里・綾織姫大神



写真
 ・五葉山神社
 ・日枝神社
 ・五葉山頂上

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情報有難うございます。 ( No.13 )
日時: 2012/09/16 13:00:43
名前: 御津垣  ID: vN/M/t46

よい天気だったようですね。
ただ、この時期の晴天は写真にはいいですが、心身にはこたえます。

ご提供頂いた情報はリストの方に反映しました。
有難うございました。


No.12に対しての引用返信です。
>信夫郡 東屋沼神社 名神大
>東屋沼神社(福島市)
>御朱印:あり(セルフでの押印です)
>駐車場:あり
>特記:神社への道が細いので車での参拝は厳しいかも。
>福島交通飯坂線の平野駅から徒歩数秒なので、そちらを強く推奨します(福島駅から片道300円)
>
>
>信夫郡 東屋國神社
>東屋國神社(福島市)
>御朱印:未確認
>駐車場:未確認
>※土船地区の貴船神社が現在は兼務していると、飯坂八幡神社の宮司さんから情報をいただきました。
>
>信夫郡 白和瀬神社
>白和瀬神社(福島市)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:
>  本務神社
>  烏帽子山に奥宮
>*本務ですが、宮司さんは平時は社務所にいないようなので御朱印・授与品等希望の場合は事前連絡がいいと思います。
>
>飯坂温泉から酷暑の中、白和瀬神社に行くのはなかなかの荒行でした…
信夫郡情報 ( No.12 )
日時: 2012/09/10 17:39:57
名前: あず  ID: SrZXQrKU
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 神楽  【最終日時】 2015/01/07 18:20:45

信夫郡 東屋沼神社 名神大
東屋沼神社(福島市)
御朱印:あり(セルフでの押印です)
駐車場:あり
特記:神社への道が細いので車での参拝は厳しいかも。
福島交通飯坂線の平野駅から徒歩数秒なので、そちらを強く推奨します(福島駅から片道300円)


信夫郡 東屋國神社
東屋國神社(福島市)
御朱印:未確認
駐車場:未確認
※土船地区の貴船神社が現在は兼務していると、飯坂八幡神社の宮司さんから情報をいただきました。

信夫郡 白和瀬神社
白和瀬神社(福島市)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:
  本務神社
  烏帽子山に奥宮
*本務ですが、宮司さんは平時は社務所にいないようなので御朱印・授与品等希望の場合は事前連絡がいいと思います。

飯坂温泉から酷暑の中、白和瀬神社に行くのはなかなかの荒行でした…
ご報告です ( No.11 )
日時: 2012/09/08 22:04:20
名前: あず  ID: dvft0Mac
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

今日訪れたとき、金沢の黒沼神社さんにいったんですが、権禰宜さんが亡くなられたんだそうです。忌中なら仕方ないですしね。
今度またリトライせねばと思いますね…。ただ、ちょっとうちからは遠いんですよね(´∀`;)
ご報告です ( No.10 )
日時: 2012/09/08 18:52:02
名前: 御津垣  ID: WwZc2.aw
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/09/08 18:53:25

あずさん


いつも有難うございます。
さっそくリストを修正致しました。
http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?mode=view&now=9&no=72

黒沼神社さんは残念ですね。
数年前訪ねたときにはお元気でしたのに。。。


No.9に対しての引用返信です。
>御朱印の報告です!
>
>信夫郡 黒沼神社
>黒沼神社(福島市)
>御朱印:なし
>駐車場:あり(福島県護国神社と兼用)
>特記:
>  本務 福島県護國神社
>*護国神社の方のお話では、黒沼神社の宮司が帰幽した時に
>社務を引き継いだのだそうですが、その時には御朱印はなかったそうです(´・ω・`)
>
>また、黒沼神社(福島市松川町金沢)ですが、現在神職の方が帰幽されたため
>忌中なので現在は御朱印等の授与を停止しているそうです。うちもいただけませんでした(´・ω・`)ショボン
>
>いただく際はご注意を!
ご報告です ( No.9 )
日時: 2012/09/08 18:08:00
名前: あず  ID: dvft0Mac
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

御朱印の報告です!

信夫郡 黒沼神社
黒沼神社(福島市)
御朱印:なし
駐車場:あり(福島県護国神社と兼用)
特記:
  本務 福島県護國神社
*護国神社の方のお話では、黒沼神社の宮司が帰幽した時に
社務を引き継いだのだそうですが、その時には御朱印はなかったそうです(´・ω・`)

また、黒沼神社(福島市松川町金沢)ですが、現在神職の方が帰幽されたため
忌中なので現在は御朱印等の授与を停止しているそうです。うちもいただけませんでした(´・ω・`)ショボン

いただく際はご注意を!
真昼山三輪神社 ( No.8 )
日時: 2012/09/08 13:37:06
名前: 御津垣  ID: WwZc2.aw

真昼山三輪神社
【御祭神】大物主神
【祭祀】 例祭 旧6月15日
【鎮座地】美郷町浪花字一丈木二
【旧社格】村社
【駐車場】あり
【御朱印】未確認
【本務】 神明社(浪花字高野一二八)

−由緒(秋田県神社名鑑より)−
 社伝によると、大同2年坂上田村麻呂が、真山の賊、魁王を退治する願望を
 成就せんが為、真昼山頂に一宇を建立、田村麻呂山頂にお立ちになった時刻が、
 ちょうど白昼であったことから、山名の由来とされている。
 『三代実録』の貞観四年の頃に「真蒜神」が従五位下の神階を受けているが、
 この真蒜神とは、真昼岳の神と考えられている。

 寛治五年に再建、善知鳥三坊、真昼大沢六坊の坊中を置き、
 佐藤山城守の総支配の元、大社として尊崇した。
 文安二年坊中退転、佐藤山城守の子孫を別当に立て置く。
 永正二年本堂伊勢守が再建。

 天文七年南部花巻領主北正斎家中鈴木孫八郎、
 藤原正一と佐藤山城守の息女を見合せ、真昼山三輪明神の下社人と定め、
 永禄の頃その子の千寿院を真昼三社の別当と定め、真昼山神職の事を任せる。

 慶長六年領主本堂氏が常州へ国替え転封後仙北は元より、
 平鹿、雄勝、河辺方面に、真昼講中の組織があり、
 信仰を集め今日に至っている。

  ※秋田県神社庁HPにも同じものがあります。
   よろしければご参照ください。



写真
 ・里宮
 ・真昼岳
 ・奥宮
1347079026-1.jpeg 1347079026-2.jpeg 1347079026-3.jpeg
多珂神社 ( No.7 )
日時: 2012/05/25 14:23:50
名前: あず  ID: d1cUahSA
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 神楽  【最終日時】 2015/01/07 18:19:31

今日、福島県南相馬市の多珂神社に行ったついでに相馬小高神社の方と話しをたのですが、
多珂神社の担当している方は、原発災害の影響で授与品や御朱印を持って関東に避難しているため
祭典を行う日(お正月など)に戻ってきている時にしか授与できないそうです。
ご報告です ( No.6 )
日時: 2012/05/16 06:59:25
名前: 御津垣  ID: 0H18Tz5s

あずさん


度々有難うございます。
早速リストを修正させて頂きました。
http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?mode=view&now=9&no=72


No.5に対しての引用返信です。
>曰理郡 鹿嶋緒名太神社
>鹿島緒名太神社(亘理郡亘理町)
>御朱印:あり
>駐車場:あり(社務所前に1台ほど停められます)
>特記:
>  本務 亘理神社
>
>曰理郡 安福河伯神社
>安福河伯神社(亘理郡亘理町)
>御朱印:あり
>駐車場:なし(参道入口の集会場に停めるといいかもしれません)
>特記:
>  本務 亘理神社
> 
> ※どちらも亘理神社(御朱印:あり)でいただけます。
>  ただし、いただく際は宮司さんに事前に連絡するといいかもしれません。
>
>- - - -
>  
>あと、所々の神社の追記です。
>
>名取郡 佐具叡神社
>佐倍乃神社に合祀(名取市愛島)
>御朱印:あり(佐具叡神社の御朱印はなし)
>駐車場:あり
>特記:佐倍乃神社の北にある実方中将の墓の西側に佐具叡神社元宮、その北に磐境あり。
>
>宮城郡 志波彦神社 名神大
>志波彦神社(塩釜市)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:
>  旧社地 八坂神社境内摂社冠川神社(仙台市宮城野区岩切)
>    冠川神社の御朱印はなし(八坂神社はあり)
>
>宮城郡 鼻節神社 名神大
>鼻節神社(宮城郡七ヶ浜町)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:
>  本務 柏木神社
>
>色麻郡 伊達神社 名神大
>伊達神社(加美郡色麻町)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>
>玉造郡 温泉神社
>温泉神社(大崎市鳴子温泉)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>
>荒雄川神社(大崎市岩出山)
>御朱印:あり
>駐車場:あり
>特記:
>  通称 荒雄山神社里宮
>
>- - - -
>
>亘理町の鹿島伊都乃比氣神社ですが、亘理神社の宮司さんのお話でも
>どうもどこにあったのか諸説あるそうです。
>お話では、町内の畑から出土した石碑に「鹿島伊都乃比氣神社」とあったという話もありました。
>いずれにせよ、鹿島緒名太神社と並んでいた、鹿島緒名太神社と相殿、鹿島天足和気神社に合祀など
>諸説あることには変わりなさそうですし、社殿も今はないですし、御朱印もないと思われます。
>
>これからの郷土研究に期待したいところですね。
ご報告です ( No.5 )
日時: 2012/05/15 19:39:06
名前: あず  ID: w/fNZ0O.
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

曰理郡 鹿嶋緒名太神社
鹿島緒名太神社(亘理郡亘理町)
御朱印:あり
駐車場:あり(社務所前に1台ほど停められます)
特記:
  本務 亘理神社

曰理郡 安福河伯神社
安福河伯神社(亘理郡亘理町)
御朱印:あり
駐車場:なし(参道入口の集会場に停めるといいかもしれません)
特記:
  本務 亘理神社
 
 ※どちらも亘理神社(御朱印:あり)でいただけます。
  ただし、いただく際は宮司さんに事前に連絡するといいかもしれません。

- - - -
  
あと、所々の神社の追記です。

名取郡 佐具叡神社
佐倍乃神社に合祀(名取市愛島)
御朱印:あり(佐具叡神社の御朱印はなし)
駐車場:あり
特記:佐倍乃神社の北にある実方中将の墓の西側に佐具叡神社元宮、その北に磐境あり。

宮城郡 志波彦神社 名神大
志波彦神社(塩釜市)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:
  旧社地 八坂神社境内摂社冠川神社(仙台市宮城野区岩切)
    冠川神社の御朱印はなし(八坂神社はあり)

宮城郡 鼻節神社 名神大
鼻節神社(宮城郡七ヶ浜町)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:
  本務 柏木神社

色麻郡 伊達神社 名神大
伊達神社(加美郡色麻町)
御朱印:あり
駐車場:あり

玉造郡 温泉神社
温泉神社(大崎市鳴子温泉)
御朱印:あり
駐車場:あり

荒雄川神社(大崎市岩出山)
御朱印:あり
駐車場:あり
特記:
  通称 荒雄山神社里宮

- - - -

亘理町の鹿島伊都乃比氣神社ですが、亘理神社の宮司さんのお話でも
どうもどこにあったのか諸説あるそうです。
お話では、町内の畑から出土した石碑に「鹿島伊都乃比氣神社」とあったという話もありました。
いずれにせよ、鹿島緒名太神社と並んでいた、鹿島緒名太神社と相殿、鹿島天足和気神社に合祀など
諸説あることには変わりなさそうですし、社殿も今はないですし、御朱印もないと思われます。

これからの郷土研究に期待したいところですね。
ご報告でーす ( No.4 )
日時: 2012/05/06 19:27:39
名前: 御津垣  ID: s7uex9Hs
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/05/06 19:28:04

あずさん


いつも有難うございます。
さっそくリストを修正致しました。
http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?mode=view&now=9&no=72

東北は「あずさん」と「ヨルカさん」が頼りです。

なかなかそちらまで伺えませんが、
参拝の際には情報を有効活用させて頂きたいと思います。

今後ともよろしくお願い致します。


No.3に対しての引用返信です。
>いつもお世話になっております!
>
>黒川郡 鹿嶋天足別神社
> 鹿島天足別神社(黒川郡富谷町)
> 御朱印:あり(鹿島天足別神社と八幡神社兼用の神璽印を頂きました)
> 駐車場:なし(大亀山森林公園に停めるといいかもしれません)
> 特記:今泉地区の八幡神社の兼務社で、社務所は八幡神社の北西の
>     大童地区にあります。
ご報告でーす ( No.3 )
日時: 2012/05/06 17:20:25
名前: あず  ID: DpqOsOyM
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284

いつもお世話になっております!

黒川郡 鹿嶋天足別神社
 鹿島天足別神社(黒川郡富谷町)
 御朱印:あり(鹿島天足別神社と八幡神社兼用の神璽印を頂きました)
 駐車場:なし(大亀山森林公園に停めるといいかもしれません)
 特記:今泉地区の八幡神社の兼務社で、社務所は八幡神社の北西の
     大童地区にあります。
ご報告です! ( No.2 )
日時: 2012/04/15 22:51:46
名前: 御津垣  ID: PPMJvQR2

あずさん
お久しぶりです。

そろそろ雪の心配もなくなったので、
自分も東北に向かおうかな。

その際は、ご提供頂いた情報をフル活用させて頂きたいと思います。

今後ともよろしくお願い致します。


No.1に対しての引用返信です。
>新スレありがとうございます!
>北海道・東北の御朱印情報がますます充実することを祈ります。
>
>では、ご報告です。
>
>黒川郡 石神山精神社
>石神山精神社(黒川郡大和町)
>御朱印:あり
>駐車場:なし(ただし、近くに麓集会所がありますのでそこに止められます)
>
>敷玉早御玉神社(大崎市三本木)
>御朱印:なし(若宮八幡神社もなし)
>駐車場:あり
>特記:
>  若宮八幡神社摂社
ご報告です! ( No.1 )
日時: 2012/04/15 16:37:01
名前: あず  ID: J/2vYm5c
参照: http://www.panoramio.com/user/2662284
編集: 【回数】 1回   【名前】 あず  【最終日時】 2012/04/17 22:36:48

新スレありがとうございます!
北海道・東北の御朱印情報がますます充実することを祈ります。

では、ご報告です。

1・2枚目
 
黒川郡 石神山精神社
石神山精神社(黒川郡大和町)
御朱印:あり
駐車場:なし(ただし、近くに麓集会所がありますのでそこに止められます)

3枚目

敷玉早御玉神社(大崎市三本木)
御朱印:なし(若宮八幡神社もなし)
駐車場:あり
特記:
  若宮八幡神社摂社
1334475421-s1.jpeg 1334475421-s2.jpeg 1334475421-s3.jpeg
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