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関東の神社めぐり プチ神楽殿掲示板
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対象記事 件名: 三宅島式内社加弥命神社探訪 ( No.[40]45 )
日時: 2018/01/13 18:07:16
名前: 御津垣 

三宅島式内社加弥命神社探訪

加弥命神社
 御祭神:加弥命(佐伎多麻比当スの第二王子)

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 二宮神社すなわち式内社加弥命神社の最も古い社地は『かみ(い)の宮』であると
いわれているが、恐らく御鎮座当初の社地であろうと思わわる。他のいくつかの神社と
共に明治7年7月3日の噴火にあい、当時まで辛うじて残っていたらしいお社も、
火災に罹って二宮神社に合祀され、御笏神社の境内神社の一つとなり、
やがてまた御笏神社の御本殿に完全に合祀されることとなったものである。
しかし現在でも島民の記憶の中には、「かみいの宮は御神徳の高い神様である。」と
いうことだけは、非常に強く残っている。
 「はちまき道路」から下馬野尾(げばのお)へ下るわかれ道の丁字路を、
山側へ西−西南方向に水平約400メートル(目測)ほど登ると、
径約60メートル(スギの植林の下枝を落してないので見通しがきかす、目測も極めて
困難であった)の爆裂火口様の旧火口が北東に向いて開いている。
火口底はほぼ平らで、火口壁の高さは約7メートル(目測)、火口底にはスコリアが
やわらかく積っていて、スギが植林されている。その火口底のほほ中央に、
目通り約2メートル50(目測)高さ約15メートル(目測)、木ずえが噴火にあって
枯れたような枯れ方をしているが、この島でもちよっと見かけない程のシイの大木が
ある。その大木のまわりには大枝の折れたものが落ちており、その範囲だけは
植林されていない。高さ約10メートル(目測)のシイ、高さ約3メートル(目測)のツバキ、
高さ約2メートルのタブなどが、下生えのように疎に生えている。
 シイの大木の根元の北東を向いたほらに、地上部高さ20センチメートル、
幅18センチメートルの細長い玄武岩の海礫が、長径を縦にするようにさし込んで
立ててある。地下部が、もう20センチメートルぐらいあるように見える。
 付近の見通しが全くきかないこと、2万5千分の1地形図の等高線がよく描かれて
いないために、その位置を図上に記入しにくかった。

  森谷ひろみ『三宅島式内社に関する歴史地理学的研究』
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伊豆国式内社加弥命神社は、現在御笏神社に合祀されているが
元の社は、『神居宮』であるという。
神居宮の所在は、世代交代や、相次ぐ噴火で人が山に入らなくなったこともあり
はっきりとしたことは分からなくなっていた。

この神居宮に関する記述がある書物としては以下のようなものがある。
『写真集 三宅島の神社』 佐藤源吾
『三宅島式内社に関する歴史地理学的研究』 森谷ひろみ

2017某日 自分が行った三宅島での探索は、
森谷氏の著書にある以下の記述をもとに行った。
-----------------------------------------------------------------------------
「はちまき道路」から下馬野尾(げばのお)へ下るわかれ道の丁字路を、
山側へ西−西南方向に水平約400メートル(目測)ほど登ると、
径約60メートル(スギの植林の下枝を落してないので見通しがきかす、
目測も極めて困難であった)の爆裂火口様の旧火口が北東に向いて開いている。
火口底はほぼ平らで、火口壁の高さは約7メートル(目測)、
火口底にはスコリアがやわらかく積っていて、スギが植林されている。
その火口底のほほ中央に、目通り約2メートル50(目測)高さ約15メートル(目測)、
木ずえが噴火にあって枯れたような枯れ方をしているが、
この島でもちよっと見かけない程のシイの大木がある。
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この文章をもとに現在の地形に400m地点を書き込んでみたが、
爆裂火口的な地形は見いだせず、森谷・佐藤両氏が載せている地図情報と
ずれがあるように思えた。
森谷氏自身も「図上に記入が困難であった」と書いていることもあり
位置は正確ではないのかもしれない。

では、その爆裂火口はどこにあるのか?という点であるが、
そもそも爆裂火口とどのようなものであるかを改めて調べる必要があった。
小学館のデジタル大辞泉によると
「爆発的な火山活動により、山体の一部が吹き飛ばされてできた火口。
火砕丘をもたないため、くぼんだ地形となる。爆発火口。」とある。
この記述をもとにすれば、火砕丘タイプの火口は、隣接する丸山で
爆裂火口は、丸山に隣接する はちまき道路の内側すぐ、
となるのであろうか。

森谷氏が示す場所が、爆裂火口の一部ということはあるかもしれないが、
「火口の底」という点では異なるのではなかろうか。
そのような推察のもと、今回の探索は、
「爆裂火口の平になっている底、特に中央部付近」に
絞り行うこととした。


下馬野尾分岐から「はちまき道路」を土佐林道分岐方面に進めると
コンクリートからアスファルトに変わる箇所がある。
このあたりは山側の斜面が比較的緩やかなので、ここを取りつきとした。
また、前日に伺った久良浜神社で分かったことだが、
日当たりがよい場所はハチジョウススキの植生が濃いことから、
藪漕ぎの手間を考えて支尾根を進むこととした。※

 ※火山ガスは谷間に流れやす為、支尾根には木が枯れずに残っている。
  木々が残っていることにより下草が育たずに比較的歩きやすい。

登り始めから15分も過ぎれば火口底が右手に見えてくる。
やはりハチジョウススキの植生が濃いようだ。見通しが効かない感じだ。
火口壁の斜度はきつくはないので、火口中央まで支尾根を登ることにした。
登り始めから20分火口底へ降り始める。立ち枯れの木が至るところに見える。
ただ、すべてが枯れているわけではないようだ。
やはり藪漕ぎと、足元が見えないことで大変である。

火口底へ降り始めて10分。火口底のほぼ中央部に着く。
シイの大木があった。形状やまわりの状況は、ほぼ記述通りである。
ただ、写真とは一部形状が異なるように見えるし、玄武岩の海礫は存在しなかった。
これをもって「神居宮」というには少し弱い気がするが、
他に該当するような大木は見いだせなかった。

やはり、結論をだすのは、森谷氏が地図に示す場所の探索後となりそうである。



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