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関東の神社めぐり プチ神楽殿掲示板
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[16] 【甲信】神社・御朱印情報
日時: 2010/04/19 11:55:47
名前: 御津垣  ID: 5rUlEDtM
編集: 【回数】 1回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2013/01/28 20:55:28

山梨県、長野県 2県に関する
遠征報告・御朱印情報をお願いします。
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穂高神社(嶺宮) ( No.72 )
日時: 2016/02/13 10:16:16
名前: 御津垣  ID: UrWVsF3s
編集: 【回数】 4回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2016/12/18 10:26:15

穂高神社(嶺宮)
【御祭神】穂高見神


2日目。
山の朝は早い。
朝食を摂らず、長い行程を歩くメンツは日も上がらない時間から
山小屋を後にする。

自分は朝食を摂るのでそれほど急ぐ必要はないが
日の出を目的に5:00起床であった。

寒かったがよい日の出を見ることができた。
今日は天気に恵まれそうだ。
ちなみに後述の方の話では、モルゲンロートは見られなかったらしい。

日の出を見た後は、朝食に向かう。
すでに食堂は満員である。空きを待って食事にありつく。

6:30山荘を出発。いよいよ奥穂高の山頂に向かうのだが
その前にフロントで水を補給する。
ちなみにこの山荘こんな場所であるが、カード決済が可能であった。

風が寒い。最初の急登を終え、振り向けば槍ヶ岳が見える。
ところどころに梯子場があり順番待ちをする。
20分も過ぎた頃、ジャンダルムが姿を見せる。
西穂方面は上級者向けなので、自分はここから眺めるだけだが。。。

7:00奥穂高山頂に到着。
すでに人が多くおり、思い思いに写真撮影をしている。
参拝している人は一人もいない。
自分が参拝していると「あっ、お参りしないと」とこぼす方が。
テンションが上がって参拝どころではないのだろう。
この嶺宮は2014年7月に建て替えられたものとのこと。

しかし人が多くて写真撮影が困難である。
本当は嶺宮横から槍方向の写真を撮りたかったのだが仕方がない。
出来るだけ人が映らないように、記念写真の交替のところで撮影を行う。

もうちょっと待てばもっと雲がなくなるであろうが、
この後は危ない場所がありゆっくり進むであろうから早めに移動することとした。
それでも20分近くは居たであろう。

帰りは吊尾根〜重太郎新道を通るルートでる。
パノラマコースを勧められていたが、まだ開通していないようであった。

吊尾根から紀美子平までは、
登山図には危険とは書かれていないが十分に危険である!
他の箇所がもっと危険なので、製作者はマヒしているのではないか?
怖いのでゆっくり過ぎるほどにゆっくり進む。

9:30紀美子平

前穂高に登る方のザックがいたるところにデポしている。
ここから上高地方面の眺めは秀抜である。
見ていて飽きないので長居したくなる。
ただ、まだ先があるので、ほどほどで歩き始める。
紀美子平直下は狭く鎖場なので慎重に行かないとまずい。
登る人と調整しながら下りていく。

12:30岳沢小屋

ここまでくればもう安心。
遅めの昼食を摂る。
お弁当は入手できなかったが、余分に用意しておいたラーメンとアルファ米で。
天気もよく水がなくなってきていたので、ここで水を補給しておく。

16:00梓川

いろいろあってこんな時間に。。。(汗)
奥宮に立ち寄りたいと梓川を上流に。
バスは19時が最終。まだ余裕だ。

17:00穂高神社奥宮

なんとか開いている時間に到着した。
日が落ちかけなので、写真撮影などは後日とし参拝だけし
門前のお店でビールを購入しゆっくりさせてもらう。

18:00過ぎにバスターミナルに到着。
バスは終わっていた。17時台が最終だったようだ。
「7」の数字だけ覚えていて勘違いしていた。
バスターミナルはがらんとしていて窓口も閉まっている。
『どうしよう。。。』うろうろしているとタクシーの窓口は開いていた。

2名の若者が同様に終バスを逃したようである。
双方とも猿渡駐車場に車があり、安くあげる為
一台のタクシーに同乗することになった。
この方々は、涸沢に泊まっていたとのことで、
前述のモルゲンロートの情報源でもある。
北穂から涸沢岳〜奥穂〜前穂とのルートで下山したようで、
時間がかかってしまったようである。

ちなみに19:00には釜トンネルは封鎖されてしまうらしく危ないところであった。

駐車場のバスターミナルで若者と別れ車に戻る。

ビールを飲んでいたので仮眠をとることにした。
汗を拭いて着替えて床に入る。
1455326176-1.jpeg 1455326176-s2.jpeg 1455326176-3.jpeg
穂高神社(嶺宮) ( No.71 )
日時: 2016/02/13 09:26:47
名前: 御津垣  ID: Y3NdZDtI

穂高神社(嶺宮)
【御祭神】穂高見神


北アルプス主峰奥穂高岳には穂高神社の嶺宮が鎮座する。
国内三位の標高(3190m)、行程の長さから登拝を目的にするにはタフな場所である。

毎年「今年こそは奥穂へ」と考えるのだが、なかなか伺う機会に恵まれなかった。
穂高登拝に決まる前も、白根三山縦走という魅力的な話があったのだが
結局仕事の都合もあり奥穂高ループ2日間という日程となった。

遅い夏休みを取れたのは9月も中旬。
前日夜に高速を飛ばし沢渡駐車場到着は1時過ぎ。
上高地までのバスの始発を車内で仮眠して待つこととした。
この時期夜間はとても冷える。


やがてバスの始発時間。
乗客がとても多い。2台用意されていたがほとんど埋まってしまっている。
平日、紅葉にはまだ早い。トップシーズンでは大変な状態なのだろうと想像する。
途中の駐車場にも立ち寄りながらお客を乗せていくが乗れない方もでてくる。
早くきても乗り込むバス停を間違えると予定が狂ってしまうだろうに。。。


上高地バスターミナル出発は6:30
水を調達し、まずは徳沢園に向かう。横尾までは平坦な道である。
16:00までには穂山岳山荘に到着したいので自然と急ぎ足となる。

7:50徳沢園
8:30横尾

ここからは本格的な山道である。
横尾に到着する頃には天気もよくなり写真撮影をする時間が増える。
そんな訳で余計に時間がかかってしまった。

12:00涸沢

涸沢ヒュッテ。ここで水を調達し昼食を摂る。
3人組の若者と話す。調子にのってビールを購入しまったりする。

ザイテングラードに取りつくころには14:00を過ぎていた。
すでに上を目指すものはいない。よくないことに雨がパラついてきた。風も強い。
向かう先は曇っているが、常念岳方面は晴れている。
一過性のものと思うが、時間も押しており急がなくてはならない。
ただ、長時間の歩きから疲れて思うようにはいかない。

16:20穂高岳山荘到着。

すでに翌日の昼食の予約は閉め切っていた。
残念だが、手持ちのもので賄うことにする。
山荘は比較的空いていた。布団一枚を使えるのは有難いことである。

夕食までの時間で山荘周りを散策する。
上空の雲は取れていた。雲海と夕日が綺麗であった。

明日も早い。夕食後は早めに就寝とした。
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沙田神社(奥社) ( No.70 )
日時: 2013/04/03 23:47:57
名前: 御津垣  ID: 62MOjZx6
編集: 【回数】 2回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2013/06/15 15:43:07

KOMさん


はじめまして。副管理人の御津垣と申します。
正直どうお返事していいものかと悩んでいて返信が遅くなりました。
申し訳ありません。(個別のメール対応は御容赦ください。)

沙田神社に参拝されたようですね。御朱印も無事分けてもらえたようでなによりです。
総代さんはお元気でしたでしょうか?
お聞きかと思いますが、総代さん方も信州三宮には「?」のようで、
どちらかというと「お産の宮」と思われているいるようでした。

外部からは信州三宮とか格式とかあるかもしれませんが、
氏子地区の方々はそのようなことは関係なく、祭祀の度に奥宮に登拝されているほど
大事にされているお社であるようです。

赤城おろしさんも、自分もその一端に触れたたけですが
自分たちのトピックスを見て興味を持って頂けたなら、それは嬉しいかぎりです。


最近は、忙しくて遠くまでは足を伸ばせません。
ですが、御自身の地元千葉県にもよい神社は数多くあります。
(千葉市以西は、宅地化が進み鎮守の杜みたいな感じは少なくなってますが・・・)

そんな貴重なお社を御紹介頂ければ幸いです。
もちろん、御朱印についてもご紹介頂ければ大小関係なく歓迎致します。


No.69に対しての引用返信です。
>岩崎神社の宮司さんにとりはからいいただき、ご朱印までたどりつきました総代さんにおうかがいしたのですが管理人さんは、習志野のかたですか?僕も習志野のなのでメールいただけたら光栄です。
沙田神社(奥社) ( No.69 )
日時: 2013/03/30 22:11:22
名前: KOM  ID: QlzREd4s

岩崎神社の宮司さんにとりはからいいただき、ご朱印までたどりつきました総代さんにおうかがいしたのですが管理人さんは、習志野のかたですか?僕も習志野のなのでメールいただけたら光栄です。
健御名方富命彦神別神社(長野市) ( No.68 )
日時: 2013/03/20 22:37:41
名前: 赤城おろし  ID: pwx8pHN.
編集: 【回数】 1回   【名前】 赤城おろし  【最終日時】 2013/03/21 07:43:44

 3月20日、春彼岸であることから信州善光寺にお参りしました。
 で、武井神社にもお参りしまして同社並びに兼務されている健御名方富命彦神別神社の御朱印を頂くことができました。
 と言っても、宮司様は外祭のため不在でしたので、神職の資格を持つ奥様(宮司代理)が対応して下さいました。
 神別神社の方はこちらが用意した紙に[神爾]と[宮司之印]を押印してもらい体裁を整えて頂きました。
 以上のことから、墨書きだけでなく[神爾]印を押して下さると思われます。また、美和神社についても、同様の対応をして下さるのでは?と思います。
1363786661-1.jpeg
笠屋神社(南アルプス市) ( No.67 )
日時: 2013/01/04 10:05:38
名前: 御津垣  ID: WvHFgsHI

No.66に対しての引用返信です。
>笠屋神社(山梨県南アルプス市小笠原469)
>
>御祭神は事代主命、大鷦鷯命
>
>延喜式内社(甲斐國巨麻郡 笠屋神社論社)
>旧村社
>
>本務神社
>
>駐車場は境内に4〜5台
>
>御朱印は例祭時社務所にて授与(要事前連絡)
>
>鎮座地は、小笠原的場四六九番地。祭神は、 事代主命・大鷦鷯命である。
> 起源はつまびらかでないが、延喜式に「巨摩 郡四社の一を笠屋神社とす」とあり、それ以前 に勧請したものであろう。また、天文年間大和 川洪水のため流亡して河原となった等の言伝え もあるという。
> 三輪明神の御幸祭は、往時より旧上宮地・小 笠原・下宮地の三カ村合同の公祭で西御幸とも 呼ばれこの地方の春の大祭だが、そのおり神輿 は、小笠原長清公館跡の「御所庭」に立寄り饗応 の式が行われたというが、いつのころからか笠 屋神社に立寄るようになっている。また神社の 所在地である「的場」も、右の御所庭につづく東 隣りにあり弓馬礼法などの師範だった小笠原氏 との関係も考えられ興味ぶかい。
> なお、社紋は小笠原氏の家紋である三階菱が 掲げられている。
>
>


本年もよろしくお願い致します。
早速、リストを修正させて頂きました

http://www.kaguraden.net/patio/read.cgi?mode=view&now=16&no=1
笠屋神社(南アルプス市) ( No.66 )
日時: 2013/01/02 20:03:01
名前: okasurfer  ID: Xv1yOnVw
参照: http://ameblo.jp/okasurfer-bmw/

笠屋神社(山梨県南アルプス市小笠原469)

御祭神は事代主命、大鷦鷯命

延喜式内社(甲斐國巨麻郡 笠屋神社論社)
旧村社

本務神社

駐車場は境内に4〜5台

御朱印は例祭時社務所にて授与(要事前連絡)

鎮座地は、小笠原的場四六九番地。祭神は、 事代主命・大鷦鷯命である。
 起源はつまびらかでないが、延喜式に「巨摩 郡四社の一を笠屋神社とす」とあり、それ以前 に勧請したものであろう。また、天文年間大和 川洪水のため流亡して河原となった等の言伝え もあるという。
 三輪明神の御幸祭は、往時より旧上宮地・小 笠原・下宮地の三カ村合同の公祭で西御幸とも 呼ばれこの地方の春の大祭だが、そのおり神輿 は、小笠原長清公館跡の「御所庭」に立寄り饗応 の式が行われたというが、いつのころからか笠 屋神社に立寄るようになっている。また神社の 所在地である「的場」も、右の御所庭につづく東 隣りにあり弓馬礼法などの師範だった小笠原氏 との関係も考えられ興味ぶかい。
 なお、社紋は小笠原氏の家紋である三階菱が 掲げられている。

1357124581-1.jpeg
沙田神社(奥社) ( No.65 )
日時: 2012/10/09 20:38:30
名前: 赤城おろし  ID: 8LhLa8uo
編集: 【回数】 6回   【名前】 赤城おろし  【最終日時】 2012/10/10 00:31:54

 御津垣さんに「(報告を)よろしくっ!」って言われてたのですが、いつまで経ってもUpされないことに業を煮やして書き込みして下さったようです  どうもスミマセンm(_^_)m

 この沙田神社 奥社については、玄松子さん(http://www.genbu.net/data/sinano/isagoda_title.htm)や
阜嵐健さん(http://www.geocities.jp/engisiki/shinano/bun/shn250302-01.html)はその存在の記述に留まり、
諏訪大社・諏訪神社を初めとして長野県の神社に最も詳しいと思われる八ヶ岳原人さんですら辿り着けなかったという(http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/jinja/isagoda.htm
幻の(?)お社だったのです。
 本来は神事の一環と言うことで氏子・祭実行役員くらいしか「参加できない」(と言うより、普通の人は辿り着けない)ところ、特別に「同行」を許されました。
これも、昨年同社の御朱印を書いて頂いたことで氏子総代会長Kさん(現在は副会長)との面識があったことが幸いしました。
 この奥社、こうしてカラーで一般の人の目に触れることはネット上では勿論のこと史上初のことと思われます。すばらすぃ〜!
 この奥社への事前奉告登拝も、昨年Kさんに頂いた”信州三之宮 式内 沙田神社 御柱祭”なる出版物の終わりの所に載っていた小さな写真を見た”奥宮・元宮探訪登山家”
御津垣さんの「行ってみたい!」精神が掻き立てられたであろうことがきっかけでした。

画像1:先頭より「おーい、鳥居が見えたぞー」の声が。「えっ! どこ何処?」って、取り敢えず前方を撮ってみた。「う〜ん、分からなひ」
画像2:多くの先人達が憧れた(?)石祠が目の前に! 「おーっ! 御神紋だけでなく、ちゃんと沙田神社って彫り込んであるぞ!」
画像3:御津垣さんが左からだったので、私は右から撮ったのを。

 ところでこの同本祭ですが、先の八ヶ岳原人さんが行かれたようです(http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/jinja/isagoda2.htm
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沙田神社(奥社) ( No.64 )
日時: 2012/10/09 16:21:05
名前: 御津垣  ID: tTAOwkyM
編集: 【回数】 7回   【名前】 御津垣  【最終日時】 2012/10/16 00:22:12

沙田神社(奥社)
【御祭神】彦火火見尊、豐玉姫命、沙土煮命
【祭祀】 例祭 9月26-27日(本社)


松本市島立区に鎮座する沙田神社では、
例祭などの祭祀に先立ち奥社へ奉告として、当番の代表が登拝をしている。

今回、総代さん方のご好意にて、登拝の機会を得られた。
沙田神社関係者以外での参加は、赤城おろしさんと自分だけである。
(ちなみに別々に申し込んでいる。)

奥社の鎮座地は、上高地へ向かう国道158号 新島々駅の先の鷺沢である。
当然 看板などはなく、総代さんの案内がなければ辿り着けないだろう。

砂利の林道に車を停めて、砂防ダムの工事現場をこえる。
いよいよ山道である。水源地までの道はしっかりしている。
だが、その先はかろうじて踏んだ跡が残っている感じである。
ちなみに水源地には熊もでるという。
休憩をとるたびに、熊よけの笛を鳴らす。

炭焼き小屋跡、熊の爪痕が生々しい木、風穴などを過ぎる。
最後の急坂を登ると奥社に着く。一時間程度か、頂上ではない。


磐座であろう巨石の前に、石祠が祀られている。
古代祭祀の形態を見ることができる。
形状から「半岩陰・半露天祭祀」であろうか。

言い伝えでは、神社の創建は649(大化5)年という。
岩陰祭祀から、半岩陰・半露天祭祀への過渡期にもあたる。
この時代から現祭神が祀られていたかは不明である。
ただ、この鎮座地と祭祀形状などから考察するに
本社左相殿に祀られる『沙土煮命』は適当と思えた。


注連縄をはり紙垂をつけ、供物を並べる。奉告祭の準備を整える。
祓詞のあとに、9/26-27に例祭を行うことを奉告する。
この後に玉串奉奠。同行の自分たちも納めさせて頂いた。

奥社の周りで、しばし昼食と歓談。直会みたいな感じだ。
その中で、総代長さんから書籍の紹介があった。
以前、沙田神社の社家であった方が著者で、沙田神社を中心に
式内社について書かれたものであるという。
後日、書籍スレッドにも紹介しようと思うが、ここでも記載しておく。

『式内社の神々』
著者: 武藤清躬
発行所:株式会社文芸社
定価: 700円+税


この奉告の登拝で、例祭に使う萱を刈り取るのかと思っていたが
今は当番の方が別に用意されるとのことであった。


直会(?)も終わり、麓にむかう。
野生の日本猿の群れと出くわす。警戒の鳴き声がひびく。
まさにけたたましいという表現が似合う状況である。
自然豊かといえばその通りであるが、なかなかに度胸が必要な場所だ。

まもなく車に到着。
ここで、総代さん方とはお別れとなった。

....

....


最後に
沙田神社関係者の皆様には 突然の申し出にも関わらず ご対応頂き、
また色々とお世話になったことを改めて御礼申し上げます。
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船形神社(北杜市高根町小池) ( No.63 )
日時: 2012/03/22 19:25:31
名前: okasurfer  ID: XdJKb5Q2
参照: http://ameblo.jp/okasurfer-bmw/
編集: 【回数】 1回   【名前】 okasurfer  【最終日時】 2012/03/22 19:55:26

船形神社(山梨県北杜市高根町小池280)

御祭神は事代主命、建御名方命

国史見在社 旧村社

駐車場はなし

本務神社諏訪神社(北杜市高根町蔵原1844 )

御朱印は所管社の諏訪神社にて授与、
要事前連絡

当社は古くは池辺船形山に鎮座していたが天正年間(1573-1592)に現在地に選宮したとされ、安永元年(1772)に火災にあい古記録等は、すべて焼失している。茅輪くぐりとは、旧6月晦日大祓当日「夏越祭り」の行事として行なわれ、茅輪の材料としては茅を主に麻、萩等で径30cm位の左縄を編み、径2m位の輪を作る。この輪を3日くぐり、最初は左回り、次に右回り、最後に左回りで唱えことばを唱えながら行う「小池船形神社の茅輪くぐり」
は北杜市無形民俗文化財 に指定され、毎年6月30日に行なわれている。
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